下町の達人、なぎら健壱さんは、食べ歩きの楽しみをこう語る。
「店の外装を見て、このすがれ方、傾き方いいんじゃないかって思って、入ってみたら居心地がいい。よーしよーし、やったぞ、俺の感性は間違ってなかった、みたいなのが、店を探す楽しみ。逆に形だけ見て入って、よくなかった店もありますよ。ホントに中もすがれてたっていう(笑)」

そんななぎらさんの近著『絶滅食堂で逢いましょう』は、愛すべき食堂探訪記。“絶滅食堂”とネーミングされた店々は、店内の雰囲気、メニュー、お父さんお母さんでやっている……などなど、様々な意味でノスタルジーを感じさせる。なぎらさん曰く「絶滅させたくないな、人の心に残しておかなきゃいけないな、というような店」。季節の生ジュースとくるみパンの店、向島の『カド』もそんな喫茶店のひとつだ。
(写真左)アロエ、蜂蜜、セロリやパセリが入った栄養満点「活性ジュース」 ¥600
「最初に来たのは20年位前だったかな。ほうほう、懐かしい喫茶店が残ってるなという感じでしたよね。生ジュースっていう響きもね、なかなか最近ないじゃないですか。で、ミルクセーキとかバナナセーキとかあるでしょ、そういうことでずっと商売やってきてるんですよ、いいね、って思うでしょ」
江戸時代から花街として名をはせた向島には、いまも多くの割烹が軒を連ねる。『カド』は向島芸者を取り仕切る見番(けんばん)のすぐ隣にあり、常連さんには芸者さんも多い。かつて永井荷風が『墨東綺譚』で描いた私娼街・玉ノ井(現在は東向島)があったのは、この少し北。隅田川をこえて程なく行けば、江戸から昭和にかけての歓楽街・吉原がある。間にかかる桜橋の近辺は、隅田川花火大会の打ち上げ会場だ。独特の情緒感が色濃く残る下町である。そこにあるべくしてある店は、一歩足を踏み入れると、何やら時間の流れが止まったような感覚に陥る。紙に書いて壁に貼られたメニュー、振り子時計、無造作に並ぶ焼きたてのパン、古風なシャンデリア、先代の手作りの透かし彫りに、二代目が描いたテーブルのトールペイント。時代の流れを思わせる生活感は、幼い頃に訪ねた知り合いの家のような感じだ。雑然としているが、妙に馴染んでしまう。
「やっぱり喫茶店っていうのはね、食べ物飲み物だけじゃなくて、ある意味で空間にお金を払ってるんですよね。あたしはやっぱりこういう古さを感じさせてくれるところが、居心地がいい。和めるんですよね。今様の建物で忙しそうにやってるところはね、活気っていうか、非常にスピード感とかはあるんですけれど、早く出なくちゃいけない、みたいなね。便利なんだけど、人間らしさはない。和みはね、便利さとは対極のものだと思いますよ」
(写真右)グラハム粉のくるみパンはしっとり具だくさん「ナスとモッツァレラチーズのサンド」 ¥400
(写真右)果実感たっぷりの季節もの「ぶどうジュース」 ¥600
だがこの店が愛されるのは、もちろん、出しているものがおいしいからである。先代が作り、二代目が改良を重ねた名物の「活性ジュース」は、セロリやパセリなどの青味をレモンやハチミツで爽やかさに変えた自信作。バナナミルクやアボカドジュースは、氷で量をごまかした生ジュースに慣れた向きには、驚くほどの飲み応えだ。二代目が独学で作るグラハム粉のくるみパンも好評で、持ち帰りもできる新たな名物となっている。店内で頂くサンドウィッチは、なぎらさんおすすめのコロッケサンドをはじめボリューム満点。ちなみに女性に一番人気のナスとモッツァレラチーズのサンド。大きな気泡を含んだモチモチとした生地は、フォカッチャサンドに近いかもしれない。価格もお手頃だ。
「こういう店は嗜好品ですからね。なぎらが“いいだろう、どうだ”って言っても、女の子たちは今様じゃないから好きじゃないとかね、ファッション的じゃないとかね、いろんなこと言うと思うからね。だから今まで、女の子に教えなかったんですよ。でも実は一番旨い店。やっぱりね、根本にあるのは、今まで変わらずにやってきたという素晴らしさ。それだけに後継者がいなくてやめちゃうのかもしれない。この代で終わるのかな、っていう危惧もあるじゃないですか。そこに愛すべきところがある、憂いがあるんだと思いますよ」
久しぶりに行くとなくなっている店や、変わってしまっている店が多い中、『カド』はなぎらさんが始めてきた当時から、ほとんど変わっていないらしい。めまぐるしい時の中で、ふと昔を思い出したくなったとき、立ち寄りたくなるのはこんな店なのかもしれない。
(写真左)二代目ご主人、宮地さんと
(text / shiho atsumi、photo / shiori kawamoto)
なぎらさんがナビゲートする”絶滅してほしくない”店
今、訪れておかねばならない店がある。浅草「まえ田食堂」、銀座「白いばら」ほか、今や貴重となった、時代に逆行しながらも、町の人々に深く長く愛されている店。下町育ちのなぎら健壱さんが、本当は教えたくないけど紹介する、「食楽」人気連載の単行本。
『絶滅食堂で逢いましょう—なぎら健壱が行く東京の酒場・食堂・喫茶店』
なぎら健壱著
徳間書店/¥1,575
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カド
東京都墨田区向島2-9-9
Tel:03-3622-8247
営業時間:11:00〜21:00
定休日:月曜
アクセス:京成押上線・都営浅草線押上駅から徒歩10分
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- 青山「TWO ROOMS GRILL | BAR」
- 驚きの開放感とウェルカムな雰囲気。素材力を愉しむグリルバー
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- 六本木「0 BAR」
- シャンパンの泡に魅せられて。2、3軒目におすすめの非日常空間
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- 白金「プラネタリウムBAR」
- プラネタリウムが映し出す500万個の星を眺めながら過ごすひととき
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- 向島「カド」
- 下町の達人、なぎら健壱さんがナビゲートするノスタルジックな一軒
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- 恵比寿「MAGIC ROOM??」
- 最新アートが集まる複合空間「ナディッフ アパート」で食と芸術の秋を堪能
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- 銀座「shiokara」
- 食後の2軒目におすすめ。塩辛など全国の珍味とお酒を愉しめる隠れ家
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- 南麻布「BAR ENGINE」
- ポルシェ、ベントレー、フェラーリ......女性と車を美しく見せるバー
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- 西麻布「Volca」
- フレッシュなシャンパンを主役に、専用皿「Volca」で食す絶品生ハム
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- 世界初のブルガリのカフェで、大人気のイタリアン・アペリティーヴォを楽しむ
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- 西麻布「73」
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