「森は描いてるうちに動いて変わっちゃうんですよ」。
記憶から浮かび上がってくる場面を、線香で紙を焼き焦がすことで描き出し、国内外でいま熱い注目を浴びる気鋭のアーティスト、市川孝典。東京・浅草橋のFOIL GALLERYで1月15日から個展『murmur=木々のざわめき』を行う彼に話を聞いた。

今回展示するのは森を描いた十数点。「フランスで二人の娼婦と古城巡りをしていた頃、夜ごと懐中電灯の光だけをたよりに歩いた森です。あと一点は、デートで行った富士の樹海」。
市川は、類稀なアーティストがときにそうであるように、世の平均からすると特異な経験を経ている。13歳で家出をし、鳶職で貯めた少しのお金を片手にNYへ。「ただ楽しくて、ペンに紙で、出会った面白い人たちを観察して描いてました」。その後もLA、ヨーロッパ各地と渡り歩き、音楽、映像、建築と携わる場を変えながら、さまざまな人々に出会い、多くの著名人とも交流する中で絵を買われてきた。
彼の制作過程は、こうだ。
まず、市川自身が実際に経験し目の当たりにした場面が、ある光景、におい、温度といったきっかけによって、記憶の中から同時多発的に立ち現れてくる。「そのひとつひとつには、上下左右、少しの続きも、想像の部分もなく、くっきりと切り取られています」。そしてそれらは決まって、特に感動したような印象深い出来事、ドラマチックなシーンではないのだという。「自分でも"なんでこれが?"っていうものが出てきて不思議なことがあります。きっと何気ないときにこそ自然と毛穴が開いているんだと思います」
出てくるものはコントロールできないが、それを描き出す工程に偶然は一切ないという。「関連もなくバラバラに現れてきたそれぞれの場面を頭の中で細部までつくりあげます。ここが一番大事で、一カ月くらいかかります。紙や線香の種類も決めて。完全にコントロールします」
あとはプリンタのように数十枚もの紙を並べて、下書きなしで、一気に並行しながら描いていく。作品一点につき大体3日で全体を描き、あとの数日で仕上げをする。「紙に描き出す作業自体は、紙の右上から左下に向かってただひたすら頭の中に出来上がった絵をなぞっているだけで、その最中は何も考えてなかったり、他のことを考えてるときもあります。同時に別々の絵を描くのは、飽きちゃうから」。
ところが、この頭の中で完成させたものをそのまま紙に起こす、ということがはじめて出来なくなったのが、植物だったという。「これまではシャンデリアとか服とか、静止物を描いていたんだけど、一度、冬枯れした蔦の絵を描いたら、頭の中でどんどん動いて変わってきて。これまでになかったことでびっくりしたけど、それはそれで面白くて、描いてて気持ちよかった。今回も風が吹いて枝の位置が変わったり、雨が降ったり、靄が現れて"落ち着け"とささやきかけてきたり」。
市川の描く世界は、彼自身のエモーショナルな言動からすると意外にも淡々として、静謐だ。それには、自然に浮かんでくる何気ない情景と、頭の中で行われる緻密な計算も然ることながら、やはり"線香で描く"という手法が一役買っているようだ。「燃やすっていう行為は好きだし、自分に合ってると思います。壊れる手前のギリギリのところには色気があります」。このありそうでなかった手法は新鮮味をもってときに市川という作家の特徴ともされる。しかし彼は言う。「でも線香でっていうのはそんなに重要じゃない」。
また、先述のように、記憶から立ち現れてくるバラバラの場面をひたすら忠実に描き出す市川にとって、木々という特定の対象を描いた作品だけを集めて並べることはある意味、「不自然。だけどそれも含めて面白い」と言う。
そう、彼のスタンスは、決まりきった手法や新奇さを狙うコンセプトといった領域とは全く異なるところにあるのだ。ただ誤解してはいけない。一見破天荒であまのじゃくに見受けられる彼だが、「決まりは好き。それはそれであっていいと思うし、破りたいとは思わない」。純粋に美しいものが好きで、それを追い求め、表現する。もっと根底にある何かに突き動かされながら「ただ絵を描いているだけ」と繰り返す。
彼の描く樹木は、市川孝典自身とどこか重なるような気がする。それは何気なく自然体で在るようで、確かな必然性、強烈な存在感を放ちながらこの瞬間に生きている。静かなる大きなパワーで変化し続ける彼の一瞬を、ぜひあなたの目で捉えてほしい。
(右写真)紙の原料に含まれる石灰分の加減で茶~黒の色味を出す。線香の温度や、湿度による燃焼速度の変化も緻密に計算し、使い分けている
(photo / shu remy kawakami)
関連キーワード
市川孝典 作品展「murmur」
会期:2010年1月15日(金)〜 2月6日(土) 日曜休廊
時間:12:00〜19:00(初日は18:00まで)
会場:FOIL GALLERY 東京都千代田区東神田1-2-11 アガタ竹澤ビル201 Tel 03-5835-2285
-
- 青参道アートフェア
- 意識するだけで変わる、より楽しめるアートのみかた
-
- 瀬戸内国際芸術祭2010
- 個性豊かな7つの島々を舞台とした芸術祭。見どころ&おすすめスポット
-
- 大地から生まれたアート Vol.1
- アボリジニアートプロデューサー 内田真弓さん インタビュー
-
- 大地から生まれたアート Vol.2
- アボリジニアートプロデューサー 内田真弓さん インタビュー
-
- 奈良美智個展「セラミック・ワークス」
- 奈良美智が滋賀県・信楽にこもって制作したやきものの少女たち
-
- フセイン・チャラヤンの日本初個展 vol.1
- ファッションとアートのボーダー上を歩くには? 林央子さんがインタビュー
-
- フセイン・チャラヤンの日本初個展 vol.2
- ファッションとアートのボーダー上を歩くには? 林央子さんがインタビュー
-
- お化け屋敷で科学する!2 〜恐怖の実験〜
- ポルターガイスト現象やラップ音、人魂、幽体離脱etc.怪奇現象を体感して解明
-
- ヤンミー・キョン個展 in 葉山 habitable
- 葉山在住一家の居間からみる住むに適したアート
-
- 市川孝典 作品展「murmur」
- 記憶を線香で官能的に描き出す 市川孝典にインタビュー!
雲海テラスで今だけの奇跡の絶景! 季節によって多彩に楽しめる多目的リゾート 2010.07.28
八ヶ岳リゾナーレでの野菜を巡る読者ツアーをレポート 2010.07.28
満月に乾杯! タイ生まれのプレミアムビールでエキゾチックな真夏の夜 2010.07.28
栄養療法が軽んじられてきたのは、商売にならなかったから!? 2010.07.14
カナダ最大の都市、トロント。注目エリアからデザインホテルまで、verita流の楽しみ方 2010.07.07
おすすめ記事
-

人を幸せにする時代小説
2010.06.02
2010年本屋大賞を受賞した「天地明察」。読む人を幸せにするという本書に癒されて
-

『ぼくのエリ 200歳の少女』
2010.06.30
“その気”が先か、“その気になれる男”が先か















