book長い夜はストーリーテラーの巧みな語りに酔ってみる

カラダは疲れているはずなのに、頭が冴えて寝つけない。そんなときの夜はとても長い。寝返りを打つことにも疲れたとき、私は枕元のスタンドを灯すと、スティーヴン・キングの作品を手に取る。『グリーン・マイル』を1巻だけ、もしくは『IT』の気に入った箇所を数十ページだけ読もうかな。それとも『不眠症』の主人公とともに眠れない恐怖に身をゆだねるのも乙かもしれない。そんなことを考えながらとりあえず書棚から1冊取って読み始める。たいてい夢中になって読みふけり、気がつくと夜は白々明けている。

太字で強調したい。スティーヴン・キングは休前日にしか読んではいけない。

それなのに私は『回想のビュイック8』を平日の夜に読み始め、翌日の仕事に支障をきたした。訳者も書いているように「生まれついてのストーリーテラー(語り部)」であるスティーヴン・キングは、この本でも読者がページを繰るごとに、たぐりよせるように物語の中に引きずりこむ。

舞台はペンシルヴェニア州の田舎町にある警察署。そこに長年勤めてきた警察官の父親が、勤務中に無残な交通事故で死亡したあと、18歳の息子が毎日のように警察署に通ってくる。署長以下署員たちは、少年をまるで家族の一員のようにあたたかく迎える。しかしその警察署には20年以上にわたって守られてきた秘密があった。それはガレージの中に駐車されたままになっている「ビュイック8」という車。いや、実際にはそれは自動車ではなく、得体の知れないものだった。警察署員たちは少年に、「それ」がどんなものなのか、少年の父親が「それ」にどうかかわってきたのかを語る。
「それ」の周辺でつぎつぎと起こる事件はおどろおどろしいのだが、物語はホラーではない。田舎町の警察署の人々の、 20 年にわたる強い絆と人間的な成長の物語と言ったほうがいい。ビュイック8もどきの「それ」とはいったい何なのか? なぜ「それ」が忽然とその町にあらわれたのか? 謎は謎のまま残される。しかし読後は消化不良とはほど遠い。

深夜に読み終わった私は、インターネットで「ビュイック8を検索した。 1950 年代に生産された大型の角ばったアメリカ車が、映画『スタンド・バイ・ミー』の舞台になったようなアメリカのうらぶれた田舎町に駐車しているところを想像した。すると今読み終わったばかりの本の登場人物たちが、車を囲んで会話している声まで聞こえてきそうな気になって、しばらく余韻に浸った。そこまで読者を物語に引きずりこむスティーヴン・キングは、やはり当代きってのストーリーテラーである 。
(text / motoko jitukawa )

『回想のビュイック8』(上下)
スティーヴン・キング著 白石朗訳 新潮文庫

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