「もしも私がぼけたなと思ったら、すぐに言ってね」と母は何回も念を押す。「私はあんたらの世話にはならんからな。おかしいと思ったらすぐに施設に入れてくれ」と父はいばって言う。
もう10年間ほど、両親のこんなセリフを耳にタコができるくらい聞かされ続けてきた。両親ともおかげさまで今のところは元気だ。だが、いつどうなるかわからない、と漠然とした不安はある。
なぜ漠然としているかというと、一つは「ぼけた」というのがどういう状態や行動を意味するのかわからないためである。物忘れがひどくなる? それは両親より私のほうがもっとひどい。どこまで笑ってすませられて、どこから心配しなくてはならないのか、それがわからなくて不安である。
また常に自分を精神的に支え続けてきてくれた親が、ぼけるなどということを信じたくない。親が年をとってぼけて、子どもの私が面倒を見る立場になる、と考えただけでこちらのアイデンティティが揺らぐような恐怖感に襲われる。
そんな子どもの側の気持ちを、ユーモラスなマンガとエッセイでつづったのが末永さんの「おかあさん『ぼけ』た?」である。10年前にご主人(著者の父上)を亡くし、仙台で一人暮らしをしているお母さんが、70代の半ばごろからどうも言動がおかしくなってきたと著者は気づく。たとえば、きれい好きで活動的なお母さんだったのに、家の中の整理整頓ができなくなり、「めんどうなのよね」と座りこんだままテレビを見続けたりしている。まわりに気を遣う人だったのに、たわいないことで急に機嫌を損ねて怒り出したり、落ち込んでうつ状態になったりする。 |