「食卓に主義を持ち込まない」と豪語していたことがある。
子どもが幼かったころ、当然ながら食卓に並べる食品の質が気になった。添加物がコワイ! 無農薬で育った野菜中心の献立でなくて! そう思うと止まらなくなった。家計を圧迫するのも省みず、遠くまで高額な野菜や米を買いに出かけた。もちろんファーストフードなんてまちがっても食べさせなかったし、お菓子でさえ手作りのもの以外は禁止した。
ところが、ある日そんな私の主義をくじけさせる出来事が起こったのだ。 テレビでチョコレートのCMが流れたとき、2歳だった次女がまわらぬ舌で9歳の長女に聞いた。
「おねーたん、あれ、なに? あの茶色いの、なに?」
長女は吐き捨てるように、自分がこれまで私にいわれ続けてきたことをそのままいった。
「あれはね、毒。食べたら病気になるの」
すると次女がよだれと涙を両方たらしながらしつこくせがんだのだ
「まゆたん、どうしてもあの茶色いのを食べたい! 茶色いのを食べて、ビョーキになりたい!」
私は脱力した。
気づけば、私の「食卓から健康によくないものを全部排除する主義」は、食べることを楽しくない行為にしてしまっていた。おいしいものを、楽しく食べることをなおざりにしていた。そして子どもたちの社交さえも阻害していた。かくして、私は「食べる楽しさを優先し、身体によくないものはできる範囲で排除するにとどめる」方向へと転換した。

しかし本書を読んで、日本の食べものがこんなことになっているのか、とあらためて目の前が暗くなる思いがした。食べものが「食品」と呼ばれるようになり、コストと効率と規格を最優先して生産する工業製品になってしまったいま、「添加物ってよくないよね」とか「遺伝子組み換えは買わないようにしよう」なんてのんきなことをいっている場合ではなくなっている。このままだと、つぎの世代には「食べる」という行為の意味さえも変わってしまうかもしれない。そんな警鐘を鳴らす内容である。
だが、私がかつて子どもたちを脅していたように、単に「いまあなたが食べている、それは毒ですよ!」なんていう浅薄な警告を発しているわけではない。著者はイタリアで生まれたスローフード運動について紹介した前著に引き続き、本著でも徹底的に自分の目で食べものが作られている「現場」に出かける。その土地でしかとれない作物を大事に育て、昔から食べられてきたおいしいものを食卓に並べる人たちから話を聞く。そこにあるのは「食べもの」と「人」であって、「食品」と「機械」ではない。
あとがきで著者はこんなことを書く。 「スローフードな食卓は、親と子をつなぎ、恋人たちをつなぎ、都市と農山漁村をつなぎ、南半球と北半球をつなぎ、人と自然とをつなぐ」食卓にいま持ち込んだほうがいいのは、主義とか政治とかではなく、この「つなぐ」という意識ではないだろうか。
(text / motoko jitukawa)
『スローフードな日本!』
島村菜津著 新潮社
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