私はお見合いで結婚した。と言うと、veritaを閲覧している若い女性の中には、もしかしたら「見合い? 何、それ?」と聞き返す方がいらっしゃるかもしれない。30年近く前には、結婚適齢期(これも死語)の男女が出会うために、見合いなんていう優雅な(?)システムがあったのですよ。
恋愛結婚の比率が見合い結婚を抜くのは1960年代後半である。私たちが結婚した1970年代後半には統計では3割弱。しかし、見合い結婚には「自分の力で相手を見つけられない」「親の言うなり」「愛より打算」というマイナスイメージがともなうために、たとえこてこての見合いでも「恋愛」とウソをつく人(夫もその一人)も大勢いたから、本当のところはどうだったのだろう。
鋭く世相を斬ることにかけては当代随一だと私が思っている斎藤美奈子氏は、新刊『冠婚葬祭のひみつ』でこんなことを言っている。
「「家意識」を温存させたのは、意外にも恋愛結婚だったのではないかと私はひそかに思っている。(中略)恋愛結婚の時代には、「家」のかわりを「愛」が果たしたのではなかったろうか。「愛している」から彼女は仕事をやめて家庭に入り、「愛している」から姓を変え、「愛している」から夫の赴任先についていき、「愛している」から夫の親の介護をした。もう何もかもが「愛」ゆえで、しかし、結果的に彼女の役目は昔の「嫁」とおんなじだった」
恋愛結婚というと、ロマンチックで夢があって自由で……と結婚にいっぱい夢がありそうだったが、なに、意識は見合い/恋愛を問わず戦前を引きずっていたのだ。 |