ひと目惚れした服や靴を衝動買いしたり、友だちと飲んで興が乗り、二日酔いになる予感がありながらはしご酒をしたりすると、帰りの電車の中でぼんやり考える。
「こうやって無駄遣いしたお金を、神様が『よし全額返してやろう』とある日言ってくれたら、私は小金持ちくらいにはなれるのになあ」
だが、酔いが醒めると気づく。 返金された分で、私はもっと衝動買いし、もっと食って飲むにちがいない。
神様はきっとそれがわかっているから、返金なさらないんだ(違う)。
いまたぶん一番人気の作家、角田光代さんは「しあわせのねだん」というお金にまつわるエッセイでこんなことを言っている。
20代のころ、角田さんは毎日のようにだれかと会って、酒を飲んで、語り合ってきた。はたから見れば、無為な時間とお金である。
だがそこで使ったお金の意味、というか重みを、30代の後半になってはたと気づいた。あのときに安い居酒屋で友人たちと飲み明かしたことが、いまの角田さんの基礎の一部になっている。そう言う。
「20代のお金は、例外もあるが自分で作った、自分のお金である。なくなろうが、あまろうが、他の責任ではなく、ぜんぶ自分自身のこと。それをどう使ったかということは、その後のその人の基礎になる」 このくだりを読んだとき、私は顎が胸にくっつくくらい深く頷いた。
私も自分で稼ぐようになってから、人に「なんでそんなことにお金を使うの?」とあきれられるような使い方をしてきた。
たぶんお金だけでなく、無駄な時間もいっぱい使ったと思う。
私の20代と30代は子育てと仕事がメインだったはずだが、いま振り返って思い出すのは、子どもを寝かせてから風呂上りのスッピンのままタクシーを飛ばして観た深夜映画や、ベビーシッターに子どもを見てもらって観にいった芝居や、会社から保育園までの通勤途中でむさぼるように読んだ本の数々である。 そしていま自分の基礎になっているのは、たしかにそんな風に無駄に使ったお金と時間にちがいない。
このエッセイ集は、だが、「無駄に使うお金なんてない」みたいなことを大上段にふりかぶって書いてあるわけではない。角田さんが日常生活でお金を使った情景が描かれているのだが、それがふしぎとみずみずしい。
家計簿みたいなエッセイなのに、財布を開くときの息遣いまで聞こえてきそうで、お金を出したときの角田さんの気持ちの昂揚ぶりが伝わって、お金の話がとても新鮮なのだ。

お金は貯めておくためにあるのではない。使うからこそ、人はお金によっていきいきと輝かけるのだ。 そのことに気づいて思った。やっぱりね、私を中身のないすかすかの女にしないために、神様は無駄なお金を使いなさいと奨励してくださってるんだわ(違う)。
(text / motoko jitukawa)
『しあわせのねだん』
角田光代 著、晶文社 ¥1,470(税込)
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