中国でビジネスを展開している企業に勤める友人の女性が、中国出張から帰ってくるたびにため息をつく。
「中国は経済的に躍進している。でも貧富の格差は恐ろしい勢いで拡大している。『負け組』に入ってしまった弱者を救済できる社会の安全ネットが、あの国では機能していないのではないか。とくに女性、子どもと老人が『負け組』に追いやられてしまっている。『勝ち組』とビジネスをしている私がそんなことを心配する資格はないのだけれど、何かできないのだろうかと自分がもどかしい」
グローバル経済の発展によってかどうか、世界各地で働く日本人女性が増えた。私の周辺でも、ビジネスパーソンとして、またはNPOや国際機関に所属して、海外で働いている女性たちが大勢いる。そして働いている国も欧米ばかりでなく、アジア、アフリカ、南米などに広がっている。むしろ、日本よりも豊かで恵まれた国よりも、交通や通信、教育などの社会インフラが整っていない国で働く女性たちのほうがはるかに多いのではないか。そんなたくましい日本人女性たちが目の当たりにして胸を痛めるのが、世界の貧困である。貧困層の多数を占めるのが女性や子どもという社会的弱者であるケースが多いことが、よけいに彼女たちの気持ちを揺さぶる。
『貧困の終焉』の著者であるジェフリー・サックス氏は、「貧困と闘う経済学者」として世界から注目を集めている。国際開発の第一人者であるサックス氏は、東欧革命の真っ只中にあったポーランドに、またソヴィエト連邦の解体直後のロシアに招聘されて、経済政策の顧問となって助言してきた。彼がめざすのは、独裁政権が長く続いたり、戦争や内戦によって社会が安定を欠いたために貧困に苦しむ国が、経済発展のための梯子の下の段に足をかけられるような仕組みをつくること。そのために氏は必要な援助を先進国から取り付けるように奔走し、そのカネが社会インフラを整備し、飢えと病気で苦しむ人をなくすようなシステムをつくるようにと国の中枢にある人にアドバイスを与える。
「2025年までに貧困は撲滅できる。それをやるのが先進国の使命だ」とするサックス氏には、理想(もしくは夢想?)主義者、スーパー楽観主義、というような声(批判?)が浴びせられてきた。ほかの国のことはその国に任せておけばいい、自分たちは自分たちの国のことだけで手一杯だ、おせっかいはやめておけ、という意見もある。そのほうが主流かもしれない。
だが、ほんのわずかな薬が手に入らないばかりにエイズでばたばた死んでいくアフリカの人々や、教育を受けられないために経済的自立がはたせず身売りするしかない中近東や中国内奥地域の女性たちや、庇護をなくして路上で生活し、安い賃労働に従事せざるを得ない子どもたちを救うことが、なぜ世界の平和と安定につながるのか、ということを、サックス氏は本著でていねいに説明する。彼がこれまで手がけてきた仕事の成功例や失敗例を読めば、貧困の撲滅のために何が必要なのか、ということがよくわかる。
いま声を大にして訴えなくてはならないのは、戦争が貧困をますます増大するだけである、ということ。先進国と貧困を抱える国の両方が認識しなくてはならないのは、政治と社会のシステムを変えることによってのみ、貧困の撲滅が達成可能であり、それがひいては世界の平和に直結しているのだ、ということ。つまり、武器をとる憎しみではなく、「苦しむ人を救いたい」という善意が必要だということだ。

そんなあたりまえのことが淡々と、だが熱く書かれている本を、ぜひ世界で働く、もしくは働きたいと思っている女性たちに読んでもらいたい。きっとこの本に共感し、今、自分たちが何をすべきなのかが見えてくるはずだから。理想主義? いいじゃないですか。理想が掲げられないような未来なんて、生きていく価値もないかもしれないし。
(text / motoko jitukawa)
『貧困の終焉』
ジェフリー・サックス著 鈴木主税 野中邦子訳
早川書房 ¥2,415 (税込)
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