木村元彦氏というノンフィクション・ライターの作品の魅力は、<距離>の取り方にあると私は思う。取材対象者に対して、<事実>に対して、読者に対して、そして自分自身に対しても、近すぎず遠すぎず、つねにほどよい<距離>を保っている。大ベストセラーとなった『オシムの言葉』でも、名将オシム監督に対して尊敬と愛情を持って接しながらも、臆することも、かといってべったり寄り添うこともしない距離感で書かれていた。オシム監督が日本代表監督になったからベストセラーになったのではなく、その距離の取り方のあたたかさとすがすがしさが感動を呼んだのだ。
『蹴る群れ』は、木村氏が7年間にわたり、日本国内はもちろんのこと、戦渦に巻き込まれたイラクやレバノン、国をこれから創ろうとしているモンテネグロ、独裁者の圧政に苦しんだアルバニアやアルゼンチンなどのサッカーに関わる人たちを取材した記録である。取り上げられているのはその容貌から女性に大人気だったイルハン・マンスズや、清水エスパルス、横浜Fマリノス、東京ヴェルディ1969を率いたオズワルド・アルディレス、ヴィッセル神戸で指揮をとったイワン・ハシェック、といった日本にもなじみ深い有名選手や監督であり、またサッカー不毛の地と言われてきた東北に一つの礎を築いた小幡忠義氏や、日本サッカーに大きな影響を与えた在日朝鮮サッカーの要である金明植氏も取り上げられていて実に幅広い。
だが、木村氏が光をあてるのは、彼ら彼女らのピッチでの活躍や、チームや事業の成功の美談ではない。ピッチのなかで、またはピッチを去った(去らざるをえなかった)あと、サッカーとは直接関係のないところで人々が巻き込まれた苦悩や葛藤のほうにスポットがあてられる。巻き込まれるのは、あるときは政治的な問題であり、ときには戦争であり、往々にして社会やメディアの無理解である。
れを自らの強さで乗り越えた人もいれば、圧しつぶされそうになった人もいる。どちらの人に対しても、木村氏は過剰に同情するでもなく、批判するでもなく、ほどよい<距離>を保ちながら、彼ら彼女らの苦悩の原因となった事実を追っていく。
サッカーの試合では、よくポジショニングの重要性がいわれる。チームとして機能するために、選手たち一人ひとりがつねに味方と敵のプレーヤーとの適切な距離を保ち、適切な位置をとることはサッカーの基本中の基本である。だが、華麗なテクニックや力強さなどは目を引いても、ポジショニングのうまさはなかなか見えづらい。

本書を読んで思うのは、木村氏のポジショニングが実にうまいことである。サッカーの試合と同様、世界情勢はつねにめまぐるしく流動している。もし偏ったポジショニングをすれば、展開を見誤る可能性は高くなるはずだ。どこに自分の視点を置けばいいのか? メディアで報道される多種多様な<事実>をどう判断するか? そんな迷いに対して、本書はひとつの姿勢を示すとともに、「ポジショニングがたいせつなんだよ。サッカーも、世界の見方もね」と示唆している。
息を呑むようなゴールとか、華々しい美談とかによるカタルシスではなく、適切なポジショニングから生まれるカタルシス――本書を読めば、きっとそれが味わえる。
(text / motoko jitukawa)
『蹴る群れ』木村 元彦著 講談社文庫
¥1,680(税込)
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