自分の過去を振り返っても、子どもを育てる経験を踏まえても、人が成長する過程で本人も親も一番たいへんな時期は、思春期ではないかと思う。何があっても庇護してくれて、全面的に依存していた親から子どもが分離する時期が、親にとっても子どもにとっても非常な痛みを感じるのではないかと思えてならない。
本書は、15歳のクレアが、産婦人科医である母との間でかわした冷蔵庫のうえのメモだけで構成された小説である。離婚して一人でクレアを育てている母は、いつ呼び出しがかかるかわからない産婦人科医という職業柄、クレアと顔を合わせる機会が少ない。一方のクレアは、ボーイフレンドや友だちとのつきあいが楽しくてたまらないし、学校の勉強も忙しいし、なんといっても自分のことだけで頭がいっぱいで、周囲、とくに親なんか眼中にない。親のことなんかかまっちゃいられない、というのはある意味幸せな思春期を送っている少年少女だけに許される特権で、クレアの母もそのあたりは理解があった。それに母娘2人は、広い世界のなかでお互いをもっとも大切にしている、頼りにしているということを、あえて口に出しはしないけれど、了解しあっていた。
ところがそんな2人の間に割り込んできたのが、母の身体に巣食った乳がんである。気づいたときにはかなり進行しており、手術していったんは快癒にむかうものの、やがて転移して広がっていく。真っ先に母が味わうのは、クレアを一人残していかねばならないという目の前が真っ暗になる絶望感である。死を前にした恐怖と病気の苦しみと闘いながらも、母は娘のことが心配でならない。そして娘も、一人残される不安と、運命に対する怒りを母にぶつける。お互い、気持ちをまっすぐに打ち明けられるのはお互いしかないことがわかっていて、だからぶつかるし、いらだつ。しかしそんな重い深刻な気持ちが、冷蔵庫のうえのメモに直接的に書かれるわけではない。たとえば、化学療法を受けて一歩一歩死に近づいていくなかで、母が娘に書いたのがつぎのメモ。
高校2年生として初めての登校日ね。
この一年、いろいろな授業をまたエマといっしょに受けられるといいわね。残り物のパスタとサラダが冷蔵庫にあります。それから、新学期が始まったお祝いに、カプチーノ・ケーキを買ってきました。
ちょっと横になります。 母より

死を前にしても、人は日々の生活のなかのちょっとした喜びを見出していけるし、死はそんな日常の延長線上にある。死だけではなく、愛もまた仰々しいドラマではなく、日々の暮らしのなかのほんの小さな思いやりや気遣いにあることをこのメモが語る。人が成長していくなかで一番たいへんな時期である思春期が親子の別れの時期なのだとしたら、そこにもっとつらい別れである死が訪れたときどうなるか。だが、それさえも日常のなかの出来事のひとつとすることで、人は愛を確認し、愛に自信をもち、生き続けていけるのだとこの小説は教えてくれる。
(text / motoko jitukawa)
『冷蔵庫のうえの人生』
アリス・カイパース、八木明子訳
文藝春秋¥1,260(税込)
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