佐野洋子さんのエッセイは、どれを読んでも読みながら、笑う。それも口を開けて、ガハハと哄笑する。読みながら、うなずく。それも体操しているみたいにがくがく首を振るほど激しくうなずく。読みながら、怒る。それも「バーカバカバカ」と洋子さん(と著者のことを勝手に友だち扱いしている)と一緒になって怒る。読みながら、泣く。それも手近なところにあるハンドタオルか袖口でごしごし顔をこするように、泣く。
佐野洋子さんのエッセイはどれも大好きだが、読み終わるとどっと倒れそうなほど疲れる。実を言うと、心地よい疲労感ではない。なぜなら、一行ごとに私は喜怒哀楽の波に翻弄されてしまうから。愛情も、確執も、幸せも、苦しみも、洋子さんにはぶっ飛ばしそうな勢いで襲いかかってくる……ように思える。でも、洋子さんは倒れない。四つん這いくらいの姿勢を保ちながら、頭だけをもたげて「好きだよっ!」とか「バーカ!」とか「は~?」とか言っている……ような気がする。
新しく出た本書は、2003年秋から2008年冬まで書かれたエッセイをまとめたものだ。5年間、60代の洋子さんは友人の恋人から教わった絶品のレバーペーストをつくったり、呆けられたお母さんの見舞いに行ってお母さんの隣にもぐりこんで話をしたり、友だちの夫がつくるおいしそうな夕飯をごちそうになったり、友だちと一緒におせち料理をつくったり、韓流ブームにどっぷりはまって韓国に旅行したりする。日常のささいなできごとや食べたものなどをさりげなく日記のように書いているようでいて、実は洋子さんが見ているのは人間だ。それもきれいごとも自虐的なことも抜きにした、むき出しの人間だ。本当は目を背けていたいほど複雑でいやらしい人間の本質が赤裸々に書かれているのだけれど、洋子さんの筆力と、多分いとおしさを込めて人間を見ているおかげで、救われる。
そして全編をつらぬいているのは、自身の老いと病と死である。人間である以上、どうしても避けて通れないその過程とどう向き合っていこうかと、洋子さんはばたばたする。ところが癌が転移して「あと2年の命」と言われた途端、洋子さんは晴ればれして、長年苦しんできたウツ病がすっと消えるのだ。ジャガーを買い、見たいDVDをどんどん買い、「死ぬ日まで好きなものを使いたい」と骨董屋でお皿を買う。

「人はいい気なものだ。思い出すと恥ずかしくて生きていられない失敗の固まりの様な私でも、私の一生はいい一生だったと思える。本当に自分の都合のいいようにまとめるのは私だけだろうか」
死を前にしてこんなことを言ってみたい、なんてことはさらさら思わないし、そんな薄っぺらで甘い感想を言ったら、きっと洋子さんに罵られること間違いない。だが、死を前にしたとき枕元に置いて読みたいのが、佐野洋子さんのエッセイだろうという予感はしている。
(text / motoko jitukawa)
『役に立たない日々』
佐野洋子著
朝日新聞出版 \1,575(税込)
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