八重山諸島に旅行した友人から聞いた話。ダイビングのために渡った小さな島で魚の研究をしている人に出会ったそうだ。サンゴ礁に棲む魚の群れを観察して、性の分化について調べているという。研究対象となっている魚の群れには身体の大きなオスが一匹だけいて、たくさんのメスに囲まれてハーレムを形成している。ところが、研究者がそのオスを取ってしまうと、なんとメスの中で比較的身体が大きいものがいきなりオスになって生殖活動を始める、というのだ。性転換がそんなに簡単にできるものだとは! 何もその魚だけではなく、性が未分化な種のほうがずっと多いんだって、とその友人は教えてくれた。
我々人間社会でも、性の分化は実は危ういものなのだと知ったのは妊娠したときである。産婦人科の先生が言ったのだ。「人間はお母さんの胎内に宿った最初はみんな女の子なんですよ。妊娠してしばらくして、胎内でテストステロンというホルモンをいっぱい浴びてやっと男の子になるんです」。ほほー、そうだったんだ! と目を見張る私に、お医者さんはもっとすごいことを言ってのけた。「遺伝子的に男の子であっても、何か不具合があったら、男か女か決まらないことも有り得るんです」。いきなり不安になった。どちらでもない、もしくはどちらでもある、ということもありうるのだ、ということへのわけのわからない不安。性の分化について真剣に考え始めたのは、そのときからかもしれない。
男らしさ/女らしさの境界が揺らいでいる、というジェンダーの話ではない(それも一部つながっているが)。男を男にするもの、女を女にするものは、いったい何なのか? X、Y染色体だとおぼろげに知っていても、実はよくわからなかった。男を男にする遺伝子が発見されるまでのエピソードを交えながら、性の分化を実にわかりやすく、しかも非常におもしろく説明してくれたのが本書である。
動物の基本仕様はメスだ。それを無理やり作り変えてオスが生み出される。急造するせいで、オスの身体の仕組みには不整合や不具合が残り、メスの身体に比べ安定性がない。だから人間でもあらゆる死因(癌、心疾患、事故、自殺にいたるまで)において男性のほうが女性よりはるかに死亡率が高い。メスが自分の遺伝子をそっくりそのまま再生産するほうが効率いいのに、なぜオスができたか。遺伝子の情報をあちこちで交換していくことによって、環境の変化に対応して長い時間を生き延びられる、という生物の知恵だったという。

書かれていることはたしかに遺伝子学の専門的な話なのだが、つい考えてしまうのは、卑近な男と女のちがいのこと。なぜ男はストレスに弱く、浮気をしたがるのか? なぜ女は子どもだけでなく、草木や動物まで育てることに夢中になるのか? 遺伝子だけで説明がつくものではないけれど、遺伝子から見えてくるものもある。
男と女の見方をちょっと変えてくれる、ほんとに面白い本です。
(text / motoko jitukawa)
『できそこないの男たち』
福岡伸一著
光文社新書/\861
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