祖父母から私たち子どもまで三世代7人家族のなかで育った。今から思えばずいぶん大所帯だったが、昭和30年代の地方都市にはまだ核家族はほとんどいなかった。しかも我が家には遠い親類の家族が何年も同居していたり、客が訪れて「それなら夕飯もご一緒に」ということがよくあり、休日に14、5人で食卓を囲むこともめずらしくなかった。
そして食べることに関して、戦争を知る大人たち全員が情熱を傾けていた。祖父が一番熱心で、自分で市場に出かけて季節の魚介類はもちろん、野菜や調味料まで仕入れてきた。ぜいたくではなかったが、おいしいものを食べるためには手間もヒマもかけていたと思う。
そう話すと、大勢で食卓を囲むなんて楽しそうだ、おいしいものを食べられてよかったじゃないか、と思われるかもしれない。ところが、子どもの私にとってはちっともおいしく感じられなかった。むしろインスタントラーメンやレトルトカレーを、テレビを見ながら一人で食べる食事にあこがれていた。今振り返ると、なぜあの時もっとちゃんと味わっておかなかったのかと残念でならない。
本書を読んで、後悔の念がいっそう強くなった。辰巳浜子さんという明治生まれの料理研究家が昭和44年(1969年)に出版された同タイトルの本を、その娘で同じく料理研究家の辰巳芳子さんが、お母さまの思い出を交えて下段で解説し、現代の生活に合わせたアイディアを紹介するコラムやページを添えて「新版」として出された本だ。旧版は出版されてから長く主婦のバイブルで、現在70代の母もよく台所で広げていたのを覚えている。
あくまでも家庭でできる料理ばかりが紹介されているのだが、どのページを開いても料理に対して手も抜かず、気も抜かない真剣さが伝わってくる。食材を選ぶときや下処理をするときはもちろん、包丁を握ったり、鍋を火にかけるときには、きっと息をつめるほど精神を集中して臨まれたのであろう、と想像する。
随所に添えられた辰巳浜子さんの写真は、穏やかににほほえまれていても、品の良さ以上に凛としたその視線に打たれる。辰巳浜子さんの世代の女性たちは、戦争経験者であることから、生きること、つまりは食べることに対する真剣さが戦後生まれとはぜんぜん違う。たかが家庭料理とはいえない「すごみ」のようなものまで感じられるほどだ。そのあたりは祖父母や両親の食に対する姿勢に共通したものがある。
そうはいっても、材料の選び方や作り方の説明がとても丁寧でわかりやすい。包丁なんか握ったことがない人でも、読んだだけでなんとなく料理ができそうな気がしてくる優しさがある。そして写真がない料理でも、ふわっと香りが漂い、温かさや冷たさまで伝わってくる書き方だ。

たとえば錦糸玉子のところではこう説明される。
「すうっすうっと包丁をひくようにして切り、全部切れたら箸の先でかるく、ぽっぽっと卵を持ち上げ、ふんわりさせておきましょう」
名文である。文章がうまい、というだけでなく、読む人(つまりはつくる人、食べる人)への思いやりにあふれているではないか。
お正月料理から始まるこの一冊。新しい年を始めるにあたり、もう一度背筋を伸ばして、食べることはつまり生きることなのだ、と心してこの本をかたわらに置いておせち料理に取り組みたい。辰巳さん母娘にはとてもおよびもつかないが、私も娘にしっかり味を伝えていきたいから。
(text / motoko jitukawa)
『娘に伝える私の味』
著:辰巳浜子、辰巳芳子
文藝春秋/\3,990
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