柴崎友香さんの書く文章には独特のリズムがあって、私は一行目から「くいっ」と乗っていけるのだけれど、友人は話に入り込むまでに時間がかかってしまう、という。その友人は東京育ちで、私は関西の育ちなので、もしかするとそこに「ノリ」のちがいが出てくるのかもしれない。登場人物が大阪弁で会話しているから、というだけでなく、文章に刻まれるリズムがいかにも大阪なのだ。大阪生まれの柴崎友香さんではあるが、ことさらに大阪を意識しているわけではないだろう。だが、関西育ちの私には、小説に刻まれる生理的なリズムに呼応するところがあるような気がする。
柴崎友香さんの『その街の今は』は、大阪が舞台だ。営業事務職で勤めていた繊維会社が倒産し、近くにあった「本街と堺筋本町と心斎橋のどの駅からも中途半端な距離にある」ところのカフェ「シュガーキューブス」で働くようになった28歳の歌ちゃんが主人公。アパレルに勤めていて、いつか自分のショップを出すのが夢というおしゃれな智佐と仲良しで、2人で参加した合コンが「最低最悪」で気分を変えるために行ったクラブで、良太郎と出会う。消費者金融の取り立てのアルバイトをしている良太郎は、歌ちゃんが昔の大阪の写真を集めているのを知って、古い写真や絵ハガキなどをフリーマーケットで買ってきてくれたりし、2人はゆっくりと近づいていく。ストーリーとしてはそれだけだ。
(余談だが、大阪のおしゃれというのは、東京のおしゃれとはあきらかにちがう。どう違うかと言われると、私の印象では「筋金入り」のカブキモノ・ファッションなのだ。昔から言われていることだけれど、今にいたっても関西で道を歩いているとき、「おお! そう来ましたか!」と3回くらい振り返る「洒落者」がいる)
主人公は歌ちゃん、と書いたけれど、本当の主人公は大阪という街だ。日本の第二の都市とか言われているけれど、大阪の街の中心部は東京よりずっとコンパクトにまとまっていて、良太郎や歌ちゃんが仕事先に自転車でまわっていて偶然出会ってもまったく不思議ではない。恋する2人の「運命の出会い」なんてドラマチックなものではなく、ふつうに出会えてしまう狭さで、そこが同じ都会といえども、東京と大阪とでは恋愛の展開がちがうところだ。
だが、古い歴史がある街だといっても、大阪の変貌のスピードは速い。「2週間通らないだけで店が入れ替わっているこの街を生き物みたいでおもしろく思う気持ちは変わらなかった」という歌ちゃんは、「年上の人たちが、俺らの頃はあの辺にはなにがあって、と話すたびに、そのときのその場所に行ってみたい」と思う。そこで昔、といっても大正時代や昭和のはじめ頃の写真を探し出し、いまの自分が生きている時間の手触りを確かめようとする。テレビで昭和はじめ頃の大阪の風景の映像が流れていることを良太郎が歌ちゃんに教え、メールでこう言う。

「こういう映像を見てると、どこぞで同じ時間を父母が生きとるんや、とか思う。自分の死後を見ているかのような気分にもなる」
ああ、わかるなあ、と私はこの箇所でつぶやいた。その昔、親や祖父母や親せきが住んでいた街の写真を見たとき、今の自分の「生」とのつながりを強く感じて、時間軸がぐにゃりと揺れたような気分になる。まさに「自分の死後を見ている」という気分なのだ。
それと、登場人物が全員(合コンにやってきた男性たち以外)いい人ばかりで、読み進むにつれて大阪の街とともに、とても好きになるはずだ。
(text / motoko jitukawa)
「その街の今は」 柴崎友香著
新潮文庫 ¥1,260
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