イングランドのキングスブリッジは大河沿いにある商業都市で、ヨーロッパ大陸との羊毛をはじめとする商取引で栄えてきた。だが、保守的な事なかれ主義の修道院長が政治や経済を仕切っていることによって、しだいに近郊のほかの都市へと富が流れていきつつあり、進歩的な考え方をもつ商人や職人たち、また修道院のなかでも若い修道士たちは危機感をつのらせていた。彼らは必死に「改革」を提唱するものの、すでに既存権益を得ている権力者たちは耳を貸さない。
そんなとき、街と外の世界とをつないでいた大きな橋が落ちて、数百人が死亡するという大事故が起きる。街が財政難に陥っていたことから、あらたな橋をかけることもかなわない。心ある人たちがなんとか街を再生しようと奔走するのだが、今度はペストが流行して人口が減る、という災難が襲う……。
『大聖堂 果てしなき世界』は、ケン・フォレットの大ベストセラー「大聖堂」の続編だ。建築職人の若者のマーティンと、羊毛商人の娘のカリスの二人を主人公に、貧しい日雇い労働者の娘のグウェンダと、その幼馴染のウルフリック、ある日瀕死の重傷を負って修道院に運びこまれた謎の騎士、トマスや、権力志向の強い若者、ゴドウィンといった脇役たちが、今風の言葉で言えば「町おこし」に奮闘する人間ドラマである。
登場人物は二つに分けられる。宗教と政治と経済が分かちがたく結びついていた14世紀初め(つまり宗教改革前)のヨーロッパで、神の助けを待つだけの人たちと、やれるだけのことはやりつくそうという人たちである。前者が「保守派」であり、後者が「改革派」だ。そして両派は、「橋をあらたに架けるのか、それとも船でしのぐか」という街の存亡をかけた大問題から、「結婚相手はどう選ぶか?」という個人的な大問題にいたるまで、ことごとく対立する。
三部の大作であるが、読みながらある部分で「改革派」に共感しているかと思うと、ちがう部分では行き過ぎた改革にはらはらして「保守派」に肩入れする、と忙しく、最後の最後まであきることなくページがくれるだろう。ケン・フォレットはストーリーテラーとして一流だ。
保守派にも改革派にもそれぞれ言い分があり、彼らなりの理屈があり、ドラマがある。どちらの派であっても、心ある人たちならば、つぎつぎと襲ってくる難題から街を救いたい、という気持ちに変わりはないのだ。(一方で、ただ利己的にしか生きていない人間も両派ともにいる)

このストーリーを、現在の日本に重ね合わせる読者はきっと多いだろう。いつの時代にも、公共工事(物語のなかでは、大聖堂建設)が地方都市の財政を救うのは変わりないらしい、と妙に感心した。そしてまた、発展や経済成長をキーワードにした未来予想図を提示して若者の心をつかむのが改革派の人たちだ、という本書の結末に手をたたく政治家もいるのではないか。百年に一度の大不況、ワクチンのきかない新型インフルエンザ……キングスブリッジ並みにゆれる日本を救うのは、はたして保守派なのか、改革派なのか。
『大聖堂 果てしなき世界(上・中・下)』
ケン・フォレット著 戸田裕之訳
ソフトバンク文庫、¥ 998(税込)
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