昔、「金曜日の別荘で」というイタリア映画を見た。イタリアを代表する文学者、アルベルト・モラヴィアと、最初の妻で同じく作家のエルサ・モランテ、映画監督のルキノ・ヴィスコンティの三角関係を描いた内容だ。肉体的に満足させてくれない夫に、週末は愛人(一応、ヴィスコンティという設定。だが映画ではピアニストとなっていた)の別荘で暮らしたい、と申し出る美しい妻。それを許しながらも、嫉妬に悩んで猟銃まで持ち出して別荘にやってくる夫。妻を演じたジョアンナ・パクラが、夫と愛人を誘惑するときにつける勝負下着がなんとも色っぽかった……という話ではなく、観終わってから「これはもしかすると『愛は妄想』という話?」と思ったのを覚えている。
エルサ・モランテはまちがいなく20世紀を代表するイタリア女性作家である。だが、そういう肩書きを抜きにしても、この短編集はおもしろく、だがおどろおどろしく、ゾクりとさせられる。
どの作品にも一貫して、人間の愛憎を生む「妄想」が描かれている。もう死んだはずの少女を迎えにいこうとする年老いた男と、少女の同級生の妄想を描いた「眼鏡の男」。嫁と孫が息子を奪った存在として絶対に許せない女の、妄想のなかでの復讐を描いた「祖母」。そして表題作「アンダルシアの肩かけ」は、母親と息子それぞれの妄想が炸裂し、息子のほうに幻滅が訪れるまでを描く残酷な物語だ。さすがマンミズモ(マザーコンプレックスをあらわすイタリア語)のお国柄! 母親と息子の間の近親相姦的、というか、マザコンなどというなまやさしいものではないどろどろした関係が容赦ない筆致で描かれていて恐くなる。現実から目をそむけ、妄想の世界で母を「聖母」にする息子と、息子を「仮想愛人」にする母親。性愛が許されない関係の愛情は、妄想抜きには成り立たない。
だが、訳者はあとがきで、モランテの場合、マンミズモの枠組みを超えて、父と息子、父と娘、母と娘の間でも、この「愛」のテーマが展開される、という。そして、この短編集の「基底をなすテーマは『子ども』である」とする。
「ここで言う『子ども』とは生物学的な意味での『幼年』を指すのではない。虚構と現実のあいだを自由に生き来する能力を失わずにもち続けているという意味での『子ども』である」(訳者あとがきより)
子どもは空想の世界をつくってそこに引きこもることが許される。だが、子どものうちは「想像力が豊か」とプラスの評価が得られても、大人になってまで虚構の世界に生きていれば、それは「妄想バカ」だ。しかし妄想はときには、つらい現実を生きていかねばならない大人に一時の甘美な世界を提供してくれる。許されないことが許され、見たいものを見せてくれる。

そう考えると、映画「金曜日の別荘で」のなかで私が強く印象に残っている勝負下着も、えげつない三角関係から目をそむけて、美しい愛にみちた妄想の世界に引きずりこむために必要な演出なのだ、と納得する。もしかすると、愛をはぐくむためには、妄想が(ある程度)必要なのかもしれない。
(text / motoko jitukawa)
『アンダルシアの肩かけ』
エルサ・モランテ著 北代美和子訳
河出書房新社 ¥1,890(税込)
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