まだ東直己の「ススキノ探偵シリーズ」を1冊も読んだことがない、という人がうらやましい。今回刊行された本書を入れてすでに10作が刊行されているこのシリーズは、何回読み返しても引き入れられるおもしろさなのだが、やはり最初の出会いのときがもっとも興奮した。つぎの作品が待ちきれなくて、本屋を何回もチェックするときの焦燥感ったらなかった。そんな気持ちを味あわずすむうえに、10作品を一気に読みとおせるなんて、「東直己未体験者」はずるい、とさえ思う。
このシリーズは、札幌のススキノに生息(という言葉がぴったり)している「俺」というなんでも屋が主人公のハードボイルドである。「俺」はいざとなれば私立探偵のようなことを始めるのだが、ふだんやっていることは、酒場をはしごしてひたすら酒を飲みまくりながら友だちとおしゃべりをするだけ。そうやって平穏な日々を過ごしたいと願っている「俺」なのだが、人が好いのか、それともそんな人生でついたアクのためか、しょっちゅうやっかいなトラブルに巻き込まれる。
歓楽街の例にもれず、ススキノでも裏の勢力がしのぎをけずっているので、トラブルのタネには事欠かない。裏の世界の者同士が争っているぶんには、「俺」はただ酔っ払ってのらりくらりとしながら見ざる聞かざるを決め込むのだが、いったんシロウト、とくに少年・少女が巻き込まれると黙っていられない。どんなに性悪であろうと、少年・少女に向ける「俺」のまなざしはどこまでもあたたかい。少年や少女は子どもの残酷さと大人の汚さの両方をもっている怖い存在だとわかってはいる。だが、裏切られても、コケにされても、助けに走る。そんな「俺」の魅力を顕著にあらわしているのが、シリーズのなかの『消えた少年』と『駆けてきた少女』である。私はこの2作を、とくに傑作と位置付けている。
10作目となる本書は、めずらしくシロウトさんではない人を助ける「俺」の話だ。惚れあった仲ではなく、とくに世話になったわけでもない女性から25年ぶりに電話がかかってきて、「助けて」と言われるとむげにできないのが「俺」だ。シリーズが回を重ねていくうちに、ススキノを奔走する俺もすでに50歳に近い。そろそろ分別というものがついてもいい年頃なのだが、そんな気配はみじんもない「俺」は、言うことをきかなくなった体に鞭打ちながらひたすら走る。

本作もまた、期待を裏切らないおもしろさだ。「東直己未体験者」のかたは、ぜひ『探偵はバーにいる』(ハヤカワ文庫JA)から始まる「ススキノ探偵シリーズ」に挑戦していただきたい。「俺」の魅力にはまったら、きっと冬の寒さは忘れるはずです。
(text / motoko jitukawa)
『旧友は春に帰る』
東 直己著
早川書房 ¥2,100(税込)
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