私の読書の基本姿勢は「ベストセラー、もしくはみんなが絶賛されている本は(オンタイムで)読まない」ことである。それを考えると、『ミレニアム』を読み、しかもヴェリタの書評で取り上げることについて、いささか忸怩たる思いがある。 それでもやはりこの3部作を取り上げないでは、2010年は語れないだろう。ベストセラーであるがゆえに、私のようなひねた見方をする人たちに、不当な評価を与えられないからだ。
スウェーデンの作家、スティーグ・ラーソンが書いたこの三部作は、全世界でベストセラーとなった。スウェーデンではⅠ部の『ドラゴン・タトゥーの女』が映画化され、日本をはじめとする各国で上映され、ハリウッド版のリメイクが進んでいるという。世界的大ベストセラーとなって映画化もされるだけあって、エンターテインメント性に富んでいる。私は年末の休みに軽い気持ちでI部上下巻を読み始めたのだが、どうしても本を置くことができずについに徹夜し、翌日本屋が開くやいなやⅡ部とⅢ部を買い求めて、ほぼ一週間で読み切った。翻訳のサスペンスものでこれだけ夢中になったのは、もしかするとフレデリック・フォーサイス以来かもしれない。
だが、この三部作は単なるサスペンスではない。ポリティカル・サスペンスというジャンルに入る、とあとがきで書かれているが、著者の経歴もあってかなり濃度高く政治的メッセージがこめられている。著者、ラーソンはスウェーデン生まれ。スウェーデン通信でグラフィック・デザイナーとして20年間働き、英国の反ファシズムの雑誌『サーチライト』の編集に長くかかわった。1995年、人道主義的な政治雑誌『EXPO』を創刊し、やがて編集長となった。シリーズの重要な舞台となっている雑誌『ミレニアム』は、『EXPO』が下敷きになっているのは著者も周囲も認めている。(惜しまれることに、ラーソンは世界的ヒットを見ないで2004年50歳で亡くなったそうだ)
あらすじを説明して読者の興味をそぐのは本意ではないので詳しくは語れないが、簡単に言うと、一人の破天荒な魅力ある女性が、国家的な陰謀に巻き込まれ、それを人道的雑誌の編集長である中年男性が救う、というストーリーである。しかし勧善懲悪の物語ではない。主人公に感情移入をしてしまうが、倒すべき敵の姿があいまいなために、誰を敵とし、誰を味方として肩入れすればいいのか、最後までわからない。主人公に襲いかかるのはマフィアの手下だったり、殺し屋だったりするが、本当のところ誰を相手に戦っているのかは主人公にさえつかめない。
もしかすると主人公が立ち向かっているのは、インターネットの普及と多極化する政治構造により、人、モノ、カネがすべてのボーダーを越えて流動するグローバリズムにさらされ、冷酷な現実に押しつぶされた人たちなのかもしれない。Ⅲ部を読み終わって本を閉じたとき、読後の爽快感よりも虚無感と胸苦しさをおぼえたのは、描かれているスウェーデンの現状に日本の姿を重ね合わせたからだろう。

それでも主人公のリサ・サランデルは魅力的だ。破天荒な強さやハッカーとしての天才的能力はもちろんだが、がりがりにやせているパンキッシュな外見にもかかわらず、男性たちを一網打尽(!)にするセクシーさがなんともたまらない。ハリウッド版で誰がリサを演じるのか興味がつきないところだが、誰が選ばれてもきっと違和感が残るだろう。読者一人ひとりが自分だけのリサ・サランデル像を持っていそうだからだ。好きか嫌いかは別にして、サスペンス界に新しいヒロインが誕生したことはまちがいない。
(text / motoko jitukawa)
『ミレニアム』
スティーグ・ラーソン 著
ヘレンハルメ美穂、岩澤雅利 訳
早川書房 1(上)(下)、2、3 各¥1700(税込)
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