cinema処刑されたのは、あいつか、自分か。

タバコの害についてのTV討論会でのこと。喫煙で肺癌になり、死を目前にした15歳の少年が言う。「喫煙は有害だし、タバコを吸うのは全然クールじゃない」。場内は拍手喝采で、列席していた反対派はしてやったりとうなずいている。この日の“サンドバック”はタバコ業界のPRマンニック・ネイラー。だが彼は余裕で言う。「僕は彼の死を望んじゃいない。だって大事なお得意さまが減っちゃうし。望んでいるのは彼でしょう」。彼の死を反対運動に利用できるから――と指差されたのは、タバコ反対派団体の男。さらに畳み掛けるように未青年の喫煙撲滅キャンペーンを大々的に発表し、満面に浮かべるのは好感度抜群のスマイル。会場は「なんとなくまあ、それでいいんじゃないの」的雰囲気に包まれてしまう。

『サンキュー・スモーキング』の冒頭のこのシーンには、正面から戦っても絶対に勝てない人たちが負けないための、ものすごいテクが描かれている。別のシーンでニックは、息子の宿題を例にとってその手法を上手く説明している。テーマは「なぜアメリカは、世界で最高の国なのか?」。彼は“なぜ”には答えず、“最高の国”という言葉の理論的曖昧さを突っ込みまくる。最高とはどういう意味か、アメリカの何が最高なのか、何を基準に最高なのか……そうやって議論自体を空転させてしまうのだ。難しいように聞こえるが、たとえば普通のけんかで「お前は**って言ってた!」「言ってないね!」「言ったね!」「いつ言った?何時?何分?何曜日?」とやる人いるでしょう。あれです、あれ。本来のケンカのテーマがふっとんで、相手に敗北感を与えられる。これを知的に冷静に、余裕の笑顔を浮かべながらやればいいのだ。突っ込みまくられた相手は“やられた感じ”がするし、ギャラリーがいれば彼らもニックの勝ちを認めるだろう。はぐらかしと理論のすり替えによって情報操作して“勝った感じ”だけを印象づけ、そもそもの議論に勝ったような気がしてしまうのだ。

サンキュー・スモーキング

実際は勝ってない“勝った感じ”に意味なんてなかろーが、と思ってる人、あなたは何にもわかっちゃいない。世の中を支配しているのは、本質でなく“感じ”だ。本当に貧乏なことより“貧乏クサイ”ことのほうが見苦しいし、年齢的にオバさんといわれるより“オバさんクサイ”と陰口叩かれるほうが辛いのと同じである。金持ちっぽいブランド品、若作りの化粧、背が高く見える上げ底靴、頭良さげな最終学歴、偉そうな感じの肩書き、そんな情報に操作されて“負けた感じ”を味わわされている。この映画を見ると、そんなのに騙されちゃいけない、と思うのだ。自分もやっちゃってるだけに。 (text / Shiho Atsumi )
©2006 TWENTIETH CENTURY FOX

『サンキュー・スモーキング 』

監督:ジェイソン・ライトマン
出演:アーロン・エッカート / マリア・ベロ / キャメロン・ブライト

クリス・クーパー / ブルース・グリーンウッド
配給:20世紀FOX
劇場情報:2006年10月14日(土)より日比谷シャンテ シネほか全国ロードショー

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