「美女と野獣」か。「美女で野獣」か。

ベートーヴェンは頭はボサボサで風呂嫌い、自分勝手で偏屈で言いたい放題の毒舌家である。傲慢で自分は神だと言ってはばからず、階下が水浸しになるのも構わずに部屋で水浴びし、気に入らなければ誰彼構わず公衆の面前で罵倒する。彼にコピスト(楽譜の清書屋)として雇われた音楽学校の優等生アンナは、その変人ぶりに振り回される。「お前の曲はオナラだ!」とケナされ、恋人との仲をぶち壊され、その変人ぶりに徹底的に泣かされると同時にベートーヴェンに猛烈に愛され、結局彼を看取ることになる。『敬愛なるベートーヴェン』の話はフィクションだが、美女と野獣カップルの物語としてなるほどと思わせるものがある。

美女には「美しい」「キレイ」と常に言われたい単純なタイプと、そう言われることに飽き飽きしている屈折したタイプがいる。19世紀に地方から出てきて音楽学校に通うアンナは、この屈折美女だ。彼女にとって「キレイ」は「それは分かっていますけど」くらいのもの、逆に「大して仕事ができるわけじゃないのに、キレイって得よね」とか、「ほらほら美女は、部長のチークのお相手をして」なんて言われることも多く、私って顔以外にも特別な部分があるのに、ああ美人なばっかりに……なんて張り倒したくなるような悩みを持っていたりする。そんな彼女を特別なものに変えるのが、野獣との付き合いである。野獣は野獣なので、当然ながら世間に誤解されやすい。そんな男に魅力を見出せるのは、自分が独特の感性の持ち主だという証明となる。さらに野獣が心を許すのは自分だけ……というのも、なかなかマニアックな優越感だ。そして実は「美しさ」にもハクがつく。“カワイイ系”とか“キレイっぽい”ぐらいの女でも、野獣が隣にいるだけで「美女」に格上げである。辺見エミリがキレイじゃないとは言わないが、結婚するまでは誰も「美女」とは呼ばなかった。

だが問題は“野獣探し”。音楽家が宮廷に囲われるのが当たり前だった19世紀に、自由と孤高を貫いたベートーヴェン。収入の半分以上を食べ物と後輩へのおごりに費やすというキム兄。外側だけじゃ単なるばっちいオッサン、中身の破天荒さがなければ野獣とはいえないのだ。ところがこれがなかなかいない。たとえば給料のほとんどを大好きな趣味につぎ込むOLや、男以上にバリバリと仕事を楽しむ30代女性の周りには、“家畜”みたいな男ばっかりである。なぜって、その辺で一番強くて自由な野獣、それはたぶんアナタなのだから。 (text / Shiho Atsumi )
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『敬愛なるベートーヴェン』

監督:アニエスカ・ホランド
出演:エド・ハリス / ダイアン・クルーガー / マシュー・グード
イギリス・ハンガリー映画
配給:東北新社
劇場情報:2006年12月9日(土)日比谷シャンテ シネ、新宿武蔵野館、シアターN渋谷ほか、
全国ロードショー

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