今はさすがに違うかもしれないが、その昔は、京都で「お茶漬けでも食っていけ」と誘われて素直にご好意に甘えたら、礼儀知らずで不調法な田舎者と思われちゃっていたらしい。まだ純真な幼い頃に「お茶漬け~」が「はよ帰れ」の意味だと知った私は、そのあまりのトリッキーなご当地思考回路に衝撃を受けた。こんなレトリックがわんさかある場所で、私は絶対に生きていけない。例えば「いつでも電話してください」が「電話かけてきたらイタ電百倍返し」だったり、「トイレはご自由にお使い下さい」が「排泄したら四の字固め」だったらと考え始めたら眠れなくなるし、そもそもそんなデンジャラスなお約束プレイは全然楽しくない。だいたいホントにお茶漬け誘いたいときはどーすりゃいいの?
“朝廷のお膝元” と “女王のお膝元” は似てるのか、映画『マッチポイント』で描かれるロンドンの上流社会がそんな感じだった。主人公はアイルランドの貧しい家に育った、元テニスプロの青年クリス。貴族の令嬢との逆玉結婚を狙う彼は、その思考回路を研究して練りに練った戦略を展開する。金目当てだと思われないためデート代を相手に頼りきらない、身の程知らずな高級品を欲しがらない、買えなくても “見る目” があることはさりげなくアピール……などその作戦は周到なのだが、一番印象に残ったのは「相手の好意を必ず一度は辞退すること」である。クリスの恋人クロエには兄トムがいて、彼にはやはり玉の輿を狙う恋人ノラがいるのだが、彼女との対比がわかりやすい。例えば4人でキャビアのおいしい店に行ったシーンでは、ノラは当然のようにキャビアを頼み、クリスはチキンを頼む。トムは「遠慮するなよ」とクリスのキャビアも頼む。そんなことを繰り返し、クリスは逆玉結婚を成功させ、ノラは捨てられてしまう。やんごとなき方々に大事なのは、この一回の遠慮だ。結局はみんなキャビア食べてるのに。

クリスは自分のキャビアを頼むトムを止める気もないし、そもそもそうなることを前提に最初に遠慮したのである。断られることを前提にお茶漬け誘う人みたいだ。こんな分かりにくくて意地悪なプレイの好きな人の気が知れない。でもさ、おごりだろーなーと思いつつポーズだけ財布だしたら、「じゃあ2000円いい?」とか言われると、すっげー腹立つんだよねえ (text / Shiho Atsumi )
©JADA PRODUCTIONS 2005
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『マッチポイント』
監督+脚本:ウディ・アレン
出演:ジョナサン・リース・メイヤーズ/スカーレット・ヨハンソン/エミリー・モーティマー
マシュー・グード/ブライアン・コックス
配給:アスミック・エース
劇場情報:2006年8月中旬より恵比寿ガーデンシネマ、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー!
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