“問題のスポット”は、引越し先の新しい家の近くにあった。とある交差点の角、5台くらいの自動販売機に囲まれた奥にある、人目を避けられる屋根つきの2~3畳の空間である。かつてこの場所にはエロ本の自動販売機があったが摘発され撤去され、中には誰が捨てたのか小さなゴミの山。そしてこのご時世、ホームレスにとっちゃあ、いい感じのベッドルームである。古くからの住人は「イヤぁねえ…」と眉をひそめつつも日常の一部として放置しているのだが、新しい住人である私は我慢ならない。とりあえず近所の派出所に相談すると、驚くべきスピードで追っ払ってくれ、「いつでも110番して下さい。すぐ行きますから!」と頼もしい。だが2~3日ごとに、あらまた別の臭うオッサン、おやおや、この間の臭うオッサン……とイタチごっこ状態で、しまいにはお巡りさんも「キリがないんだよね~」と、理不尽にも私に迷惑顔である。問題の根本はホームレスじゃなく、あの空間なのだ。意を決した私は受話器をとり、区役所の生活相談課のダイヤルを回した。“お役所仕事マンvs私”の戦いの火蓋が切って落とされたのである。
孤独な大学教授ウォルターと、不法移民の青年タレクとその家族の心の交流を描いた映画『扉を叩く人』は、9.11以降、移民に狭量になったニューヨークの実情を描いた作品だが、最も頭に来るのは公権力側の非人間的な対応である。ウォルターは移民局に捕らわれたタレクをなんとか救い出そうと生真面目に実直に足を運び続けるのだが、それに対するお役所連中の対応ったら! なんも法律を曲げろって言ってるワケじゃなく、手助けしてほしいだけなのに、にべもなく取り付く島もない。要するにイレギュラーなことや面倒なことに取り合ってると、組織の運営が滞るので、やらないのである。でもそもそも国もそこに順ずる組織も国民のためにあって、面倒なことを抱えちゃった時になんとかしてくれることを前提に、あたしたちの税金から給料が出てるんじゃないのかなあ。
「いやいや、何もしてくれないとか、そういうことじゃなくてねぇ……個人の土地に関して区は何もいえないし、そこが誰の土地かもわかんないんですよ。だから自動販売機の持ち主調べてね、まあ、ひとりでやるのが不安なら町会かなんかで相談してね…」。絵に描いたような“お役所仕事マン”の生活相談課のオヤジは、「区民が困っていても、区は何もしてくれないってことですか?」とたずねた私に、のらりくらりとこう言った。そもそも土地の持ち主を調べてくれる気すら、ハナからない。軽い失望と「“やっぱりね”感」を覚えたが、こうなったら根競べ。“日本一諦めの悪い女”を自認する私は、地道に公的機関に「困っている」と連絡を入れ続けたのである。

そして約2カ月がたったある日のこと。例の場所に朝からトラックがやってきてゴミを収集し、販売機を壁際にまで押し込んで、あの空間を完全に潰していったのである。とりあえずの勝利に、改めて私は思う。やる気になりゃできるのだ。区役所だけじゃなく、警察も、県庁も、厚生省も、建設省も、政治家も。確かに徒労に終わることもあるし、恐ろしく面倒でもあるが、尻を叩き続けることに疲れたら、負けである。
(text / Shiho Atsumi)
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『扉をたたく人』
原題:the Visitor
監督・脚本:トム・マッカーシー
出演:リチャード・ジェンキンス、ヒアム・アッバス
劇場情報:2009年6月27日より恵比寿ガーデンシネマほか全国にて順次公開
配給:ロングライド
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