ファッション好きの女子なら誰もが知ってるアメリカ版ヴォーグの編集長アナ・ウィンターは、映画好きには『プラダを着た悪魔』でメリル・ストリープが演じた編集長ミランダのモデルとして知られている。映画のミランダは「娘が読みたいっていうから、明日の朝までに発売前のハリポタ最新刊を手に入れて!」なんていう恐るべき公私混同な無理難題をふっかける編集長なのだが、映画『ファッションが教えてくれること』は「ホントにそんな史上最悪の女王様上司がいるのか?」を確認したドキュメンタリーと言っていい。
作品は“ファッションの新学期”が始まる、1年で最も大事な9月号の編集過程に密着する。アナ・ウィンターの印象は“悪魔”っていうより、実際の彼女のあだ名“ドレスを着たダース・ベイダー”が近い。別に何を言うわけじゃないのに発散する威圧感はフォース並み、目の奥が笑ってない笑顔は人を不安にさせ、誰もがつい愛想笑いをしちゃうんだけど、それを見透かして軽蔑しているような。仕事でも怒鳴ったりはしないが、あらゆる決定事項(と思っていたこと)を平気でバンバンひっくり返す。撮影のために集めた服は「こういう気分じゃないの」と9割がた却下され、撮り直しのきかない海外ロケの写真がNGをくらい、何万ドルもかけて撮影した20Pのグラビアが縮小され気づけば6ページに――なんというか、編集者残酷物語なのだが……待てよ、と私は思う。こういう話って雑誌の編集部では意外と聞く話、編集長ってこういうタイプが多い気がするのだ。
彼女がことさら悪く言われる理由は、ひとつには彼女の権力が“ダース・ベイダー”並みに強いから。例えば会社で係長あたりに「ハリポタ的無理難題」を吹っかけられたら、誰もが「無理です」と答えるだろう。でも同じことを社長に言われたら。「失敗すればクビ」と思う小心者も、「成功すれば出世」と思う野心家も、すぐに「無理です」とは言いづらい。そしてもうひとつは、たぶん、女だから。よしんば彼女にミランダ的な公私混同があったとしても、公私混同しない上司なんているだろうか? 私がサラリーマン時代に見た男の上司たちは、会社の経費で豪勢に飲み食いし、自分が負うべき面倒を部下に押し付け、出世したいがためにあからさまな社内営業を繰り広げ、嫉妬もいじめも女以上に陰湿だった。

彼らの「私」は会社(つまりは「公」)の中にしかないから、目立たないだけ。「女は公私混同しがち」なんて男社会が都合よく作り上げた偏見だ。アナ・ウィンターの「目的を達成したいなら、いい人になったら負け」という姿勢は、強く孤独ですがすがしくさえある。ヴォーグ編集部で同じ理由から彼女とぶつかるのは、こちらも女性のクリエイティブ・ディレクター、グレイス。ふたりは互いに文句を言いながら、20年間一緒にヴォーグを支え続けてきた戦友だ。それに比べて男たち。これが笑っちゃうほどのイエスマンなのである。(text / shiho atusmi)
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『ファッションが教えてくれること』
原題:The September Issue
監督:R.J.カトラー
出演:アナ・ウィンター、グレイス・コディントン、アンドレ・L・タリー、シエナ・ミラー、タクーン・パクニガル、カール・ラガーフェルド、ジャン=ポール=ゴルチエ
劇場情報:2009年11月7日(土)より新宿バルト9他にて公開
配給:クロックワークス
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