今年のアカデミー賞で作品賞を受賞した『ハート・ロッカー』とともに、注目を集めた作品に『プレシャス』がある。『ハート・ロッカー』の監督キャスリン・ビグローは、美しくてデカくて才能とカリスマ性があって、女性としてだけでなくて人間として何でも持ってる人だが、その“ま反対”ともいえる人物を主人公にしたのがこの『プレシャス』。“ま反対”ってのは「何も持ってない」っていう意味じゃなく、それ以下だ。例えば、虐待父の子供を二人産み、そのうち一人は障害児。娘とその子供たちをネタに生活保護を受け取る母は、自分の夫を奪った娘に嫉妬して虐待。金もなくて教育もなく、黒人で、驚くほど太ってて、誰にも顧みられたことがない。その名が“プレシャス(大切)”っていうんだからひどい皮肉だ。なのに、なぜかこの映画はものすごーくキラキラして、どこか軽やかだ。なんで?といろいろ調べてみたら、監督がゲイだった。なるほど、やっぱり。
ゲイの力。いわゆるゲイ力(っていうか今作りました)を――少なくとも、物を作るゲイの力を――私はかなり信じている。よくいうところの「ゲイには芸術的才能がある」っていうのは、まあ当然のこと。“新しい芸術”と呼ばれるものの基本は“常識やぶり”なわけで、異性愛者の常識を打ち破ることにそもそものアイデンティティを持つゲイが、あらゆる常識に挑戦できるのは至極当たり前。彼らの力でより素晴らしいと思うのは、まず悲しみを笑いに変える力。それから、美しい夢を見られる力――妄想力と言っていいかもしれない。「とにかく悲惨の一言」だと聞く原作小説と、映画はかなり違う印象だ。「もっと色白ならいいのにー」と妄想するプレシャスが、鏡の中で色白ほっそり少女になっている場面。ふと覗いた窓の下に、プレシャスを迎えに来たピカピカのバイクに乗った笑顔のハンサムが見える場面。テレビが大好きなくせして、怒りにまかせて娘にテレビを投げつけてしまった虐待母が、リモコン片手に一瞬ポカンとする場面。笑いとキラキラが、悲惨な現実から一時、目をそらさせてくれる。心が少し落ち着けば、前向きな発想もちょっとはできる。大人になれば、逃げられない問題はどんどん増えてゆく。そんな時に、この作品に感じるような「ゲイ力」があれば、どうにか心を支えられる。

ゲイになぜそんな力があるのかと言えば、それはやっぱり場数を踏んでいるからだと思う。直面した解決しない問題、つまり経験した辛さや悲しみの、数が違う。親に縁を切られる、友達が去っていく、見知らぬ人に蔑まれる、誰も自分を分かってくれない、一生独りかもしれない。人間が大きな問題に直面した時、究極的な選択肢はふたつしかない。直面するか、逃げるか。言い換えれば、生きるか、死ぬか。「ゲイ力」は、“生きる”と選び続けてきた、その証でもある。(text/shiho atsumi)
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『プレシャス』
原題:PRECIOUS:BASED ON THE NOVEL PUSH BY SAPPHIRE
監督:リー・ダニエルズ
出演:ガボレイ・シディベ、モニーク、ポーラ・パットン、マライア・キャリー、シェリー・シェパード、レニー・クラヴィッツ
劇場情報:2010年4月24日よりシネマライズほか全国にて公開
配給:ファントム・フィルム
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- 『ぼくのエリ 200歳の少女』
- “その気”が先か、“その気になれる男”が先か
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- 『プレシャス』
- とにかく悲惨で過酷な運命を、笑いとキラキラ妄想力に変える力、これぞ「ゲイ力」
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