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ロバート・メイプルソープ(ろばーとめいぷるそーぷ)
[人名]
現代美術に今も多大な影響を与え続ける天才フォトグラファー。
1947年、ニューヨークのクイーンズで敬虔なカトリックの中産階級の家庭に生まれる。ブルックリンの美術学校プラット・インスティテュートに在学中の'67年、後に“パンク・ロックの女王”と呼ばれるパティ・スミスと出会い同棲。
グラフィックアート、絵画、彫刻を学ぶ傍ら、ポラロイドで写真を撮り始める。'71年にコレクターのサム・ワグスタッフと出会ってハッセルブラッドを与えられ、彼の膨大な写真のコレクションから写真を学び、本格的な創作活動を開始。'73年には初の個展を開催。1978年にはパティ・スミスと共同で「フィルム・アンド・スティルズ」展を開催。翌年にはパティ・スミスとの日々をとらえた「Xポートフォリオ」を発表し、多くの人々にその名を知らしめる。
その作品はハードコアSM、女性ボディビルダーや黒人男性のまるで彫刻のような完璧な裸体、官能的な花々など、極度に美しい「パーフェクト・モーメント」と呼ばれると同時に、「〈芸術〉か、〈猥褻〉か」という議論を巻き起し、80年代のアートシーンを席巻した。
10代の頃から意識していた同性愛者としてのセクシャリティは、パティ・スミスとの別れと同時に完全に開花。当時には珍しくゲイであることを公言していた。生涯彼を支え続けたワグスタッフがHIVで死去した2年後の'89年、自らもHIVにより42歳で他界。
現代美術に今も多大な影響を与え続ける天才フォトグラファー。
1947年、ニューヨークのクイーンズで敬虔なカトリックの中産階級の家庭に生まれる。ブルックリンの美術学校プラット・インスティテュートに在学中の'67年、後に“パンク・ロックの女王”と呼ばれるパティ・スミスと出会い同棲。
グラフィックアート、絵画、彫刻を学ぶ傍ら、ポラロイドで写真を撮り始める。'71年にコレクターのサム・ワグスタッフと出会ってハッセルブラッドを与えられ、彼の膨大な写真のコレクションから写真を学び、本格的な創作活動を開始。'73年には初の個展を開催。1978年にはパティ・スミスと共同で「フィルム・アンド・スティルズ」展を開催。翌年にはパティ・スミスとの日々をとらえた「Xポートフォリオ」を発表し、多くの人々にその名を知らしめる。
その作品はハードコアSM、女性ボディビルダーや黒人男性のまるで彫刻のような完璧な裸体、官能的な花々など、極度に美しい「パーフェクト・モーメント」と呼ばれると同時に、「〈芸術〉か、〈猥褻〉か」という議論を巻き起し、80年代のアートシーンを席巻した。
10代の頃から意識していた同性愛者としてのセクシャリティは、パティ・スミスとの別れと同時に完全に開花。当時には珍しくゲイであることを公言していた。生涯彼を支え続けたワグスタッフがHIVで死去した2年後の'89年、自らもHIVにより42歳で他界。

