世界中を見回しても、日本人ほど桜の開花を待ち望む国民もいないだろう。恥じらいがちに頬染めた、若き乙女を思わせる五分咲きの桜。また、たわわに満開の花をつけ、その重たげな首をぐっと河川にもたげる熟女風情の桜や、はらはらと風に舞う名残桜まで。春のはしりの僅かな時間を、日本人は桜を想い、桜とともに過ごすといっても過言ではない。そんな桜の魅力を十分に楽しんだ後、その余韻を美味しい料理と一緒に締めくくるのに適した店が、目黒川沿いの隠れ家レストラン「ラ・ルーナ・ロッサ」である。
(写真上)北海道の生ウニとアスパラガスのスパゲティ・キッタラ。素朴な美味しさのキタッラは通常トマトソースと合わせることが多い麺だが、ここでは敢えて上品な味わいのウニと合わせてコントラストを楽しむ。ワインは、カステリ・デッラサーラ社の「ブラミート」がお勧め。シャルドネ種の樽香がよく調和する。グラス¥1,100、ボトル¥6,500

今から10年前。家業を継いで宝石業界に身を置いていた水谷オーナーは、なぜか居心地の悪さを常に感じていた。あるときひらめいたのが、以前から興味のあった「食」の仕事への転職。片言のイタリア語でレストランの門をたたき、フィレンツエやミラノでコックやウエイター見習いをしながら1年を過ごし、帰国した。ときは空前のイタめしブーム。すぐに自分の店を持とうと考えたが、29歳の経験もない青年に店を貸してくれる店舗はなかなかなく、やっと見つけた空間が当時はほとんどレストランも無かった目黒川沿い。水谷さんはそんな立地をプラスに捉え、店内から川を一望できる造りに。このアイデアこそが功を成し、目黒川の桜を最も満喫できる店として徐々に認知されていく。そうして2001年に滑り出した店はたちまち東京で注目のイタリア料理店となり、数年後には予約の取れない店に成長した。
(写真左)パン粉で仕上げたタコのロースト オレンジのサラダ添え。甘く爽やかな柑橘果物を料理に用いるのはシチリアならではのこと
「ラ・ルーナ・ロッサは、特別な日にも普段にも、お客様の生活に欠かせない店になるべく、イタリア版居酒屋ともいえる『オステリア』の位置づけを選んでいます。通常はコースでデギュステーションメニューを楽しんでいただく店ですが、常連さんのなかには、前菜とグラスワインを楽しむバールのような使い方をなさる方もいます」と水谷オーナー。そうして長年営業してきたラ・ルーナ・ロッサに、2010年1月、大きな変化があった。イタリア・シチリア島の2ッ星リストランテ「ドォーモ」で3年間修行し、帰国してまだ間もない川原優シェフを新しいシェフとして迎えたのだ。
(写真左)ハタのオーブン焼き ふんわりしたジャガイモのガレット添え。ニョッキにも似た、ソフトな口当たりのジャガイモのガレットと、歯ごたえのあるハタのオーブン焼きがマッチ (写真右)仔羊のロトリーニ ミントソースは、仔羊の様々なパーツの美味しさの違いが一皿に盛り込まれた料理。いちじくやアーモンド、ピスタシオの甘酸っぱさが野趣溢れる羊肉と絶妙に合う。ペリセッロ社のバルバレスコなど力強いワインと合わせると、羊の内蔵とリコッタチーズの付け合わせが甘みを増す
日本に帰国したばかりの川原シェフが得意とする料理は、太陽の光をいっぱいに浴びた果物やナッツを豊富に用いた南イタリアの味。とはいえ、素材の味をそのまま楽しむというよりは、皿の上をひとつのアートとして捉える、美しくお洒落なイタリアンだ。この日シェフが作ってくれたのは、パン粉で仕上げたタコのロースト、北海道の生ウニとアスパラガスのスパゲティ・キッタラ、ハタのオーブン焼き、そして、仔羊のロトリーニ、デザート、コーヒーからなる9,000円のおまかせコース。前菜のタコの表面を覆うパン粉はシンプルなルックスながらケッパー、ドライトマト、オリーブ、アンチョビー、タマネギ、ニンニクの多彩な風味が混ざり、絶妙に火を通した柔らかなタコ、爽やかなオレンジとウイキョウのサラダと絡んで独特の美味しさを引き出している。
パスタは断面が四角くなった生麺で、歯ごたえもあり、淡白でさらりとしたソースが良く絡むように計算されている。魚料理は皮目までパリパリに調理したハタに香草とレモンのソースがよく合い、南の風がふわりと通り過ぎたような爽やかさに満ちている。そして、最後に供される仔羊がまた逸品! クミンやアニス、ミントといったイタリアというより北アフリカ的な香辛料が、かつてイスラム圏に統治されていた南イタリアのはるかなる歴史を思わせる、なんとも奥深いメニュー構成なのである。
家族や恋人、そして仲間たち……。大切な人とともに過ごした春の思い出が走馬灯のように蘇る桜の季節。ピンクの絨毯を敷き詰めたような風景がテラスから望める「ラ・ルーナ・ロッサ」は、今すぐにでも特等席の予約をとりたい、若きオーナーとシェフのエネルギーに満ち溢れた店だ。
(写真右)水谷オーナーはワインの勉強にも熱心で、北はオーストリア国境まで、赤はトスカーナ、ピエモンテ、シシリアを中心に、リーズナブルで美味しいワインを探すのに余念がない。ラ・ルーナ・ロッサのほか、中目黒でイタリアン・ブレッドの専門店も営む青年実業家でもある
(photo/chikahito nagai , text/kiri ishizawa)
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La Luna Rossa(ラ・ルーナ・ロッサ)
東京都目黒区中目黒2-5-23
Tel:03-3793-4310
営業時間:ランチ11:30〜14:00L.O(土日は15:00L.O.)、ディナー18:00〜22:00L.O
定休日:不定休
席数:20席、個室4席、地下6席
ランチメニュー ¥1,000〜、おまかせコース ¥5,000
ディナーコース ¥5,000(前菜、パスタ、メイン)、¥7,000(前菜2品、パスタ2品、メイン)、
¥9,000(前菜2品、パスタ2品、メイン2品)、おまかせコース¥8,000
※すべてのコースにデザート、コーヒー付き
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