いま考えたい、国際支援のあり方
いま考えたい、国際支援のあり方

NGO(非政府組織)の日本民際交流センターは、年間1万円でタイ、ラオス、カンボジアの子どもたちを学校に送る里親制度を呼びかけている団体である。そこの広報担当の高橋さんは、「たまたま豊かな時代の日本に生まれ育った者は、たまたま経済的に恵まれない国や地域に生まれ育った子どもたちのために、同じ時代を生きる地球民として行動を起こす、つまり、支援する責任があるのではないでしょうか」と言う。日本の社会人にとって年間1万円はきっとそう大きな額ではない。年間1万円で、タイやラオスの小学生や中学生の1年間の学費が賄えるということを考えると、経済格差はもちろんのこと、1万円の価値についても改めて考えさせられる。

しかしながら、疑問を抱かないわけでもない。以前ここのコラムでも、国際貢献は「押し付け」にはならないのか、という疑問を提示した。実際ラオスでNPO(特定非営利活動法人)の活動を行っていた友人は、「支援するというのは先進国のエゴ。でもなすがままに放置しておくのも先進国のエゴと捉えられてしまうのだ」と話していた。助けても助けなくても支援国から苦情が絶えない。なかなか辛い立場である。

また、ラオスはまだしも、タイは発展途上とはいえ、1980年代後半より急激に経済成長を遂げ、都市部には富裕層が存在する国でもある。その国の富裕層の人々こそ、自国の貧困層を救済する義務があるのではないだろうか。タイ国政府も1980年代より、農村部の貧困問題の解消にはあたっているという。この問題がなかなか解消されない要因の一つに、国内のインフラ整備が進んでいないからだという指摘がある。インフラ整備が進まないため、企業も人口もバンコクに一極集中し、都市の一部がスラム化し、更なる問題に発展しているという。

「足る知る(知足)」という言葉がある。タイの国王はこれを経済理念として提唱している。足るを知る、というのは「みずからの分(ぶん)をわきまえて、それ以上のものを求めないこと。分相応のところで満足すること」(大辞泉より抜粋)。90年代にタイが通貨金融危機を迎え、それまで外国資本の流入によって成長したバブル経済が崩壊したときに「足るを知る経済」を提唱している。身の丈に合った投資を勧めるだけではなく、自給自足的な生活の再評価などもこの「足るを知る経済」理念の一部となっているという。そのためには、農村部の活性化や貧困解消も目標となっているらしい。目標が達成される日が一日でも早いことを願ってならない。

今日も何百、何千ものNGOやNPOが世界各国から発展途上の国々へ支援の手を差し伸べている。その支援の仕方もさまざまだ。グローバル化が進み、自国の努力のみで問題を解決していくのが困難な状況になっているのも事実である。

何を基準に、どういう理念で、そのNGOが活動しているのか。支援者はひとりひとりが責任をもって吟味していく義務があると私は思う。そして支援される側が「足るを知る」という認識でもって受け入れる体制があるのであれば、必ずいつかは自助努力でもって一人立ちできる日がくるであろうことを信じたい。

VAGANCE // PRATICO
1年に1万円でタイの子どもを学校へ~ダルニー奨学金の願い

丹羽 康子/ Yasuko Niwa

英国オクスフォード大学で国際関係学を専攻し修士号取得。政治だけではなく金融知識も身に付けたいと帰国後、外資系証券会社に勤務する。日経CNBCにて経済キャスターを経た後、現在は茶道家としての活動をすすめる側ら、金融教育やキャリア教育などの講演でも活躍中。

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