“マダム・ルビンスタイン”。没後41年経った今も、世界中のスタッフたちから親しみを込めてそう呼ばれる、ヘレナ・ルビンスタイン。おしゃれに興味のある人で、彼女の名を知らない人はいないだろう。1872年、ポーランド生まれ。若い頃から実業家としての手腕や、芸術に関する知識、女性として美を両親から学んだという。
独立心と好奇心が旺盛だった彼女は、医学を学び始めるが、解剖で卒倒し断念。さらには、大学で知り合った男性との結婚を父に反対されてしまう。だが、そこからがジャン・コクトーをして“美の女帝”と言わしめた彼女の、サクセスストーリーの始まりだ。
新天地を求めオーストラリアへ渡ったヘレナは、医学の知識を生かし調剤を任されていた薬局で、母からもらった美容クリームを希望者に分けるようになり大評判になる。やがて、それを生んだハンガリーの化学者に教えられた成分と製法を手に、日夜、研究を重ねることで、さらに進化した美容クリームを開発。これが、ヘレナ ルビンスタイン化粧品の第一号にして現代化粧品の原点、ハンガリー語で“天からの贈り物”という意味を持つクリーム「ヴァレーズ」だ。この大ヒットにより、彼女は“美の帝国”を着実に築き始めることになる。
1902年にはメルボルンに世界最初のビューティサロンをオープン。その後、ロンドン、パリ、ニューヨーク…と次々に世界進出を果たす。スウェーデン式マッサージによる全身美容、世界初のエステティシャンの育成など、豊富なアイディアを取り入れたサロンの評判は瞬く間に広がり、各都市で女優や作家をはじめ、社交界を賑わす女性たちがこぞって通う場所となった。
「すべての女性を美しくしたい」。彼女のそんな願いや溢れる情熱、強い意志は、その後も数々の化粧品、美容技術へと結実していく。卓越したセンスとしっかりとした皮膚学の知識を化粧品に結びつける才能に恵まれ、現代美容の基礎を築いたマダム・ルビンスタイン。その精神は、彼女を慕うスタッフたち、そして彼らから生まれる革新的なコスメたちに、今も脈々と受け継がれている。
取材協力 / ヘレナ ルビンスタイン
