これまで、芸術家の愛憎劇は、幾度となくスクリーンに映し出されてきた。中でも印象的なのが、精神のバランスを崩すほどに一人の男性を愛し憎んだ女性彫刻家の姿を描いたのはイザベル・アジャーニ主演の『カミーユ・クロデール』。
豊かな才能を認められ、彫刻家ロダンに弟子入りした彼女。やがて二人は24歳という年の差を越えて愛し合うように。当時、低迷期にあったロダンは、カミーユの若さと美貌、そして溢れ出る才能に溺れるようにのめり込んでいく。だが、カミーユが妊娠し結婚を望むと事態は一変。ロダンは妻の元へと逃げ帰ってしまう。
ショックを受けた彼女はロダンの元を去り、流産という悲劇に遭いながらも創作活動を続けるが、次第に精神を病んでいく。失った愛に囚われ続け、逃げることができなかったカミーユ。ロダンに負けず劣らず豊かな才能を持っていたという彼女。ロダンへの感情は尊敬というよりも、執念の愛だったに違いない。
親子ほども年の離れた38歳下の女性との恋愛関係で有名な天才画家といえばピカソ。アンソニー・ホプキンス主演の『サバイビング・ピカソ』では、妻も2人の愛人もいるピカソと、彼に絵を習いはじめた画学生フランソワーズとの激しくも苦々しい愛が描れる。ピカソの女性に対する傲慢な態度に呆れながらも、画家としての彼の才能に圧倒され続ける。だが二人の子供をもうけた後、フランソワーズはついに、ピカソの愛人としてでなく、母親として生きるため、ある決断を下す。凡人とはあまりにかけ離れた感覚を持つ巨匠を、憎みながらも最終的にはピカソにひれ伏す彼女。そこには憎しみさえも乗り越える、天才画家への深い敬意があったのではないだろうか。
男性同士の年の差カップルとして文学界を騒がせたのは、若く美しい詩人ランボーと、10歳年上の中年詩人ヴェルレーヌ。ランボーと、妻子を捨てて彼に走った中年男は、ヨーロッパを逃避行。だがこの関係は、別れ話のもつれから発砲事件にまで発展した。この印象派詩人同士の禁断の愛を映像化しているのが、『太陽と月に背いて』。レオナルド・ディカプリオ演じるランボーとデヴィッド・シュリース演じるヴェルレーヌからは、若さと老い、美と醜という対比を持った二人の関係には常に残酷さがつきまとい、その関係はとても破滅的。ヴェルレーヌが持つ、ランボーへの思いがあまりに強すぎて見ていて怖いぐらいだが、欲しいものを手にするためならどんなこともいとわない、芸術家の執着と人の目など気にしない無鉄砲さは、あまりにもロマンティック。ただし、ヴェルレーヌがランボーに向けたのは、尊敬や愛というよりむしろ、憧れだったのかもしれない。
『太陽と月に背いて』の監督アニエスカ・ホランドは、新作『敬愛なるベートーヴェン』で、芸術家同士の特別な関係を再び映画化している。ベートーヴェンといえば、かつて『不滅の恋/ベートーヴェン』で謎の婦人との恋愛が描かれたが、今回はロマンティックな愛でなく、「第九」誕生の陰に隠された美しき師弟愛。師匠と弟子の特別な関係を描き、名曲を支えた知られざる愛の日々を映し出した。偏屈で下品なマエストロと、彼を人間としては軽蔑しながらも、その圧倒的な才能に惹かれずにはいられなかったアンナは、性別も年齢も価値観も超越し、音楽を通して共鳴。ひとつになっていくのだ。それは、性別や年齢をも超越した激しい尊敬の念。そんな深い関係に、羨ましさを感じる人は決して少なくないだろう。
打算もなく、利害も追求せず、ただ心の赴くままに生きる芸術家たちの姿は、インモラルな面を持ちながらも、大きな生命力に満ちている。だからこそ甘美、だからこそ伝説的。なかなか恋愛ができないとつぶやく女性も多い現代だが、彼らの激しい生き様はきっと、あなたの恋心を刺激してくれるだろう。