ふとした事がきっかけで手にした本や、ふらりと立ち寄った映画が、自分を未だ見ぬ新しい世界へ誘う事ってある。そんな不思議な縁が端を発し、小さな無数のアンテナとなり、更なる好奇心を生み、より膨らんだ世界観へと導いてゆく。こんな邂逅とも云うべき経験をした人は多いだろう。私にも、そのような経験がある……。
初めて『約束の旅路』を観たのは、今から1年半ほど前。飢饉に苦しむエチオピアから始まり、イスラエルへと旅立つ主人公の視点とともに、映画開始直後から私も一緒にその旅に引き込まれた。そして、人種も土地も宗教も環境だって違う私に、すんなりと魂のうち震えを感じさせる事が出来るのだと驚かされた。この映画に限らず、たった一つの作品を通して、海の向こう地球の裏側にも、私たちが決して知らないままではいられない、社会的な問題や見知らぬ事実があるのだと気づかされる事がある。この映画がもたらした熱を帯びたまま、私は書店へ足を運んだのである。そしてそのアンテナをスタートに私の好奇心は“生まれ故郷と決別した作家”をキーワードに、突き進むことになった。

ハンガリー動乱の際に西側へ渡り、現在スイスに暮らすアゴタ・クリストフの『悪道日記』三部作は、多くの謎解きと究極のどんでん返しを作中に用意し、寝る間をも惜しませるくらいに私を没頭させた。同じく東欧チェコからフランスに渡ったミラン・クンデラの織りなす小説の世界。彼が綴った『冗談』は、旧東側管理の元、ある青年が恋人に向けて書いたハガキのちょっとした冗談が元で、その人生を狂わせてしまう、まさしく題名の通り冗談としか思えないような社会派ラヴストーリー。映画『ホテルルワンダ』でも記憶に新しいルワンダの大虐殺。大鉈を手に「皆殺し」を叫ぶ暴徒から逃れ、小さなトイレに身を隠して、神との対話に救いを求めた自身の経験を『生かされて。』に綴ったイマキュレー・イリバギザ。どんな宗教も身近でない私でも、つい本の中の彼女と一緒に祈りながら読んでいた。
1973年、アフガニスタンのクーデターをきっかけに、アメリカに亡命したカーレド・ホッセイニ。彼が綴った『カイト・ランナー』は、日本ではちょっと馴染みのないアフガニスタンの動乱を背景に、友人を裏切り、嘘をつき、罪を犯した自分を嫌悪する主人公が自らを赦す為、過去の記憶へ向かう旅の物語。これらのような作品はどれも“此処ではない何処か”に私を誘う珠玉のエンターテイメント大作なのである。
本は、決して情報収集の為だけの道具ではなく、きわめて能動的な知的作業のツール。好奇心を満たし、感動を与え、新たな好奇心を生み出し、自分の心を無限に広がらせる存在である。社会・経済情勢、紛争、戦争などの理由で国を追われ、祖国と亡命先の2つの顔を併せ持つ、自分のアイデンティティを日々問いかけ直しながら生み出された作品の数々。それらが作品として完成されていればいるほど、いつの間にか物語の主人公とともに私を遠いどこかへと連れて行くのである。 未だ見ぬ遠い世界へ、こんな本たちと一緒に旅をしてみませんか?

