脚へのフェティシズムをヴィジュアル面から見てゆくと圧倒的に多いのは、1930年代から50年代にかけてのアメリカのいわゆる「ピンナップガール」のイラスト。フランスなどは19世紀末にストリップ小屋が生まれたくらいで、ヌード写真などの解禁も早かったが、ピューリタニズムの倫理観の厳しいアメリカでは検閲も厳しかった。そのため露出はせずに、胸元のはだけ具合と太腿のはだけ具合によってエロティシズムを表現する技法が発展してゆく。とくにガーターベルトとストッキングの露出が多いのは、パンスト出現(1960年代半ば)以前ということもあるが、これが男にとってはきわめて密やかな装置で魅力的だったからだろう。

(写真上)ピンナップに描かれたストッキングとガーター
この検閲の厳しい時期に、ひたすら脚のエロティシズムにこだわった特異な写真家がエルマー・バタースだ。彼の写真は見事なまでにすべて脚のみに執着した作品だが、当時はアンダーグラウンドで出回ったぐらいで、1990年代に初めて写真集となって再評価がなされた。
その後のポルノ解禁とともにそれまでの密やかさのあるエロティシズムは廃れてしまうが、そのポルノもやがては細分化されたフェティッシュな方向へと向かってゆく。今ではストッキングの質感そのもの、あるいは生足の指先にこだわったりとあらゆるジャンルがあり、とくに足に関しては「Toe Suck」という分野が確立されて、相当な層のマニアもいるし、こうしたジャンルのWebサイトも多い。
脚フェティシズムの、より深淵な部分に興味のある方は、ルイス・ブニュエル監督の映画『小間使いの日記』(’63)と『哀しみのトリスターナ』(’70)を観るといい。前者は主人がメイドに穿かせる編み上げブーツへのフェティシズム映画であり、後者は病気によって片足を失ってしまう女性が、それによってかつて暴君として存在した愛人に、逆に君臨するという奇妙な物語。どちらも脚を主題にしながら、奥の深いものとなっている。脚フェティシズムも、そう単純なものではないことをブニュエルの2作品は教えてくれるはずである。
(写真右)映画『哀しみのトリスターナ』より
ベットに放り投げられた義足