ツィッギー、クレージュ、ナイロンストッキング

日本の伝統的なレッグウェアといえば、足袋。だが、現存する最古のものは、奈良時代に使用された“しとうず”という中国伝来のものとされている。それが鼻緒のある履物に対応するように姿を変え、現在の足袋になったのは室町時代のことだという。日本に靴下が上陸したのは、キリスト教伝来と同時期。

「当然、舶来の高価な品だった靴下を履くことができたのは、一部の大名のみ。日本で最初に靴下を履いたのは、水戸の徳川光圀だったんです。保存状態も良く、今も実際に水戸・徳川博物館が所蔵しています」

この頃から、西洋と日本のレッグウェア文化が徐々に重なり始める。1890年代には、日本女性も洋服を着用しはじめ、靴下が一般化。それでも、庶民は木綿を、上流階級の貴婦人たちだけが絹のストッキングを着用できたという。

美しい足を演出してくれる絹のストッキング。だが、それが登場してからというもの、今以上に高価な素材であった絹は、人々の憧れの的であり続けていた。運よく手にすることの出来た人々の中でも、穴が開くと繰り返し充て布をして修復し、大切に履いていたようだ。その形跡が残る貴重なアンティークストッキングも、鴇田さんのコレクションには何点か含まれている。

鴇田さんコレクション

足にフィットするシーム入りのストッキングが普及した1930年代後半でも、価格は安くて2円30銭。ライスカレーなら20杯以上も食べられたという。おしゃれはしたいけれど、経済的に厳しい……。

ところが、そんな悩ましさを感じていた女性たちに、1935年、嬉しいニュースが報じられた。「ナイロンの登場です。アメリカのデュポン社が開発したこの繊維は“蜘蛛の糸より細く、鉄鋼よりも強い”とうたわれました。これを用いて1940年にナイロンストッキングが世界ではじめてアメリカで発売されたんです」。これは、世界のファッションを大きく変える出来事となった。以来、レッグウェアも急速に発展。

(写真左)鴇田さんコレクションより。修復の跡が見られる

「当時のものは、フルファッション(成形編み)、トリコット(縦編み)ともに後ろに縫い目がありましたが、1960年にはシームレスストッキングも登場しました」。シームの有無は、当初は賛否あったものの、やがてシームレスが普及。1970年にはパンティストッキングが大流行し、シームレスに取って代わることに。この背景には、アンドレ・クレージュによるミニスカートの流行、ツィギーの人気などもあったという。

その後、米国で静脈瘤を抑えるための医療用として作られたサポートストッキングが、一般用に作り変えられ、1990年にブームを巻き起こす。その後は、色やデザイン、機能などがさらにブラッシュアップされ、今日に至っているのだ。

(写真右) ツィッギー(セシル・ビートン撮影)

ツィッギー

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