「そこの人」と、白髪の小柄な女性に呼び止められる。「この地区に住んで60年が経つけれど、あなたが眺めているノートルダム・ドゥ・ラ・クロワ教会はね……」彼女は話し始めた。「まだ小さかった息子にお昼ご飯を食べさせ、学校に急いで送っていったのよ。当時は、ヒールでこの辺りの道を走っていたわ。チーズ屋さんに“ヒールさん”と呼ばれていたほどよ」とその当時を懐かしく思い出しながら、ふと息をついた。「あら、見知らぬあなたにこんな話までしてしまってごめんなさい」と少女のように楽しそうに笑う。「私は、ジョッフル。またこの街で見かけたら声をかけてね」と言い残し、87歳とは思えぬ、ぴんとした後姿がノートルダム・ドゥ・ラ・クロワにつながる坂道へと消えていった。

19世紀中頃まで、メニルモンタンはベルヴィル界隈のフォーブール(=場末、下町)として、入市税の対象にならない地域であったことから、ワインの値段も安価で取引され「ギャンゲット=歌って踊る酒場」が栄えた。
はかなくも、激しく、劇的な運命を遂げたシャンソン歌手エディット・ピアフは、ベルヴィル通り72番地の階段下で産声をあげている。現在でも、アーティストたちが舞台公演の後に、カフェや居酒屋に立ち寄るのだろう。深夜まで会話が途絶えることのないメニルモンタン。飾らず、堂々とした彼らの生き様をレベルヴェール(パリの街灯)が照らし出す。
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