現場の長谷川さんはどんな様子でしたか?
河瀨:軽やかな感じでした。泣けと言われて、ばっと泣ける俳優もいる。そこに感情がなくても、記号として泣けるという人が。でもそうじゃなくて、なぜ泣いているのか自分の感情を確認しながら演技ができる人は、一流になれると思うんです。そういう作業を今、長谷川さんはやっているんですよね。A地点からB地点まで、どういう風に行ってもいい。私はそういう映画の作り方をしているんで。だから、主人公の彩子がタイに降り立って、ツーリストオフィスに行くまでの間にどんな表情を出していてもかまわない。ただ、彼女は何かしら混乱していて、そこがリアルであれば、どこを歩いていようと、道端でAさんでなく、Bさんに声をかけられていてもいい。そういう意味で、長谷川さんは軽やかにどの道も歩いていたし、一人で電車にも乗っていたし。やっちゃいけないことも全くなくて、一人でちゃんと堂々とタイの中で生きていましたね。撮影は10日間でしたけれど、10日間のリアルな経験が物語に昇華されていると思いました。
物語が進んでいくにつれて、都会から着てきた鎧のようなものを脱ぎ捨てて、とてもエロティックになっていく彩子の姿が印象的でした。セクシャルな表現がないの に醸し出される、このエロスとは一体何だと思いますか?
河瀨:人間の本質ですね。美しいと思うものを徹底的に追求していけばエロスにたどりつくと思うんです。肉体的ななまめかしさもそうですね。それはパウダーで飾られたようなものではなくて、自分の中から出てくる脂のようなものが美しくなってくる。そこにエロスがあるんじゃないかなと思います。タイでの撮影前、奈良で1週間一緒に過したんですが、そこで東京というヴェールを全部落として、禅室でヨガやマッサージをしたんです。村上淳さん演じる人物とお互いに癒し合う、触れ合うということもやってもらいました。そのとき、あまりメイクもしないままの長谷川さんを撮影したんですが、それが美しいと皆が言ってくれて。“交歓”が表れているんじゃないかと思いますね。人間にはもともとエロスがあるんだけれど、現代人にはあまり感じないですよね(笑)。

長谷川:私にとって、色気と憂いというのは、ひとつのセットになっているんです。色気というと、挑むものではないんですよね。だから、露出することでもなくて、隙があるところにその人の本質が出て、そこが色っぽいんだと思うんですよ。着飾るものでも、身につけるものでもなくて、本質的な自分を追及していったときに出る憂いと色気というものが本物の色気だと思っています。
最後に、タイに降り立ったときの彩子のように、漠然とした不安を抱えて街を歩いている女性たちにメッセージをお願いします。
長谷川:私自身も思うことですが、全ては自分の気の持ちようだと思うんです。今起きていることというのは、自分が起こしていると思うんですよ。自分が変われば人も変わるし、環境も変わると思う。環境のせいにしても、結局自分が変わらなければ何も変わらない。変わらないのに、占いに行ったってしょうがないし(笑)、いっぱい合コンに行ったって素敵な人と出会えない。自分が素敵じゃなかったら。だから、自分の環境を変えるのは自分自身だと理解することが大事だと思います。
河瀨:深呼吸してください。みんな呼吸が短い、浅いんだと思います(笑)。気持ちいい場所に行って深呼吸したら、入ってきたもので自分の細胞が元気になっていくなという感じをぜひ味わってみてください。
(photo / shiori kawamoto, text / june makiguchi)

日本からひとり旅立ち、タイにやってきた彩子、30歳。漠然とした不安を抱えた人生をリセットしたいと思い立った旅だが、言葉も勝手もわからず、不安と苛立ちは募るばかりさらに、ホテルへ向うはずのタクシーが辿り着いたのは、混沌とした森の中。そこで出会ったのは、フランス人青年と、伝統的な高床式の小さな家に住むタイ人母子。そこでタイ古式マッサージに触れ、彩子は言葉も通じないままに、見知らぬ人々と七つの夜を過ごす。
監督:河瀨直美
出演:長谷川京子、グレゴワール・コラン、村上淳、キッティポット・マンカン、ネーッサイ、ヨーヘイ
配給:ファントム・フィルム
劇場情報:2008年11月1日(土)より、シネマライズ、新宿武蔵野館他全国公開中!


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