都市で生活する人たちは、みな仕事や遊びに忙しい。松岡さん夫婦も同様で、建築プロデュースに携わる一久さんと朋子さんは9年前に結婚し、毎日仕事の後、ディナーや映画にパーティなど、さまざまな遊びを楽しんでいた。「お互いに収入があるので、それなりに満足した生活ができていました。この言葉が正しいかわかりませんが、世の中でいう“強者”的な考えで毎日を生活していたかもしれません。ふとした瞬間そんなことに気づき『子どもを作ろうか』ということになりました。」と朋子さん。そして産まれたのが、今2歳半の莉央ちゃんだ。
「家にいる時間が本当に多くなりました。それまでは10時頃に食事をし、その後飲みに行って、家に着くのは11時くらい。ほとんど毎晩外食する、そんな生活が日常でした。今はもう週末のデートもすっかりなくなりましたね(笑)」と、嬉しそうに一久さんは話してくれた。お2人は実家が遠方のため、これまでの子育ては2人で協力してこなしてきた。そのバランスがうまくとれているのも、仕事場・保育園など必要な場所がすべて自宅から10分圏内にあり、お互いがフットワーク良く動き、サポートをし合ってきたからだという。そして朋子さんが今の会社をたちあげた理由も、子育てが大きく関係している。「会社に在籍中に出産したのですが、自分に一番あったスタイルを探していたことが、7年勤めた会社を辞め、起業するきっかけになりました。とにかく時間に融通が効くようにしたかったんです。莉央の体調が悪いときは早く帰ったり。その分家では2、3時くらいまで仕事をしたり。」
お互いに仕事をもっている松岡ファミリーの分担はシンプルに決められている。「食事は彼女が作ります。私はお風呂に入れる夜9時前までには帰宅するようにしています。そのあと莉央を寝かしつけるまでが担当。朝食は僕が作ります。莉央が産まれてからは、朝食もバランスを考えた丁寧なものになりました。生活もすっかり規則正しくなって、人間ドックに行ったら、以前よりも体調が良くなっていました(笑)。」と一久さん。
産後3ヶ月から働きはじめた朋子さんに併せて、保育園に行き始めた莉央ちゃんにはいろいろびっくりすることもあったという。「私たちが教えていないのに、バーバ・パパやドラえもんといったキャラクターをすごくよく知っているんです。保育園にいる年上の子たちから教えてもらうみたいなんですよね。そして六本木に近いここの土地柄なのか、アメリカ・ヨーロッパ・南米・中国といったいろいろな国籍をもった子どもたちがたくさんいます。幅広い国籍の子どもたちが兄弟や姉妹がわりになっていろんなことを学んでいるようです。」
一久さんが子どもをもって感じた一番大きなことは“血のつながり”だそう。「過去の先祖から自分、そして未来の莉央の子どもにまで“血”はつながっていて、人は1人では生きていけないということを強く感じました。仕事においても家庭においても、恥ずかしいことはできないなあと思いました。そういった身の置き方や生活を正すという姿勢も、子どもが産まれてから初めて意識したことです。」
松岡ファミリーが思い描いている家庭像はとても自然でオープンな姿だ。「莉央から“弟が欲しい”というリクエストがあるので、今よりも家族が増えた家庭がイメージにあります。家庭といっても、家族だけではなく、友人や仕事関係といった外からの人も気軽に入ってきやすいオープンな家庭でありたいと思います。家族ぐるみでのお付き合いというのをしていきたいですね。しばらくできなかったパーティもできればやりたい。」と一久さん。
日々の生活から感じられることや気づきは意外に少ない。「子どもを産んだことで、世の中で一番弱い存在である子どもたちの視点から物事を考えられるようになりました。自分と同じような立場の子どもを抱えたお母さんがいたりすると、自然に気づいてお手伝いしていたりします。みんな毎日を生きることが精一杯で、その生活が全てだと思ってしまいがち。ただその考えは、視野が狭まっているだけで、考える枠を狭めているだけなのかもしれないと思いました。」と朋子さんは話す。出産は、子どもを産むということだけでなく、新しい世界を広げてくれる大きな出会いなのかもしれない。