海外からの旅行者が必ず口にする日本の魅力。それは「伝統と最新テクノロジーが融合した面白さ」。だが、ほんとうにそうだろうか? 古い街並みやそこに佇む建造物は、国の発展に伴い次々に区画整理され、新しい建築が建設されていく。スクラップ&ビルトによって発展してきた日本の都市には、一部の特別な地域を除き、古い町並みがそのまま遺されているエリアは極めて少ない。だからこそ、歴史を感じさせる街並みの残るヨーロッパは、日本人にとって決して飽くことのないお気に入りの旅行地なのだろう。
ウィーンで花開いたクラシック音楽という文化。ハプスブルグ帝国時代、ここには世界中から多くの音楽家が集まった。モーツアルトやJ.シュトラウス、ベートーベン、マーラーら巨匠たちが不朽の名曲を数多く残したのも帝都であり、音楽の都と呼ばれるウィーンだ。だが、その伝説に縛られることなく、街では大道芸人たちが思い思いの音楽を奏でる姿を目にすることも。今も、活き活きとした音楽文化が色づいているのだ。

一方、ドイツのベルリン・フィル、オランダのロイヤル・コンセルトヘボウと並び、世界三大オーケストラと称されるウィーン・フィルハーモニー管弦楽団は160年もの歴史を持つとされる音楽界の権威。ウィーン国立歌劇場の楽団員から成るこのオーケストラは、世代交代を繰り返しながら常に音楽界をリードしてきたのだ。新しい世代が、先人たちが築いてきた誇りや伝統を軽んじることなしに、時代の流れを取り入れることを忘れなかったせいだろう。

音楽に代表される新旧の共存は、街の随所で見ることができる。リンクと呼ばれる環状道路に囲まれた旧市街は世界遺産に指定された地区。シュテファン寺院、国立オペラ座、ホーフブルク王宮などの名所以外にも、ゴシック、バロック、アールヌーボーの建築がそこかしこに建ち並ぶ。ここには多くの都市ですでに失われてしまった各時代の情景が、時を止めたような姿で仲良く佇んでいる。
芸術の都として栄えたウィーンだけに、美術史美術館をはじめとするミュージアムめぐりを楽しむのもいいが、ここではさながら街全体が美術品といった感じだ。裏路地に入り込めば、タイムトリップしたような錯覚に陥ることも。その一角には、当時の人々が愛した物を今に伝えるアンティークショップも。人々はそんな風景を今に生かして普通に、そしてごく当たり前に暮らしを営んでいるのだ。

2001年、リンク外にはかつてハプスブルグ家の所有する名馬の厩だった建物を再生させて複合美術施設ミュージアム・クオーター(MQ)が誕生した。そしてその裏手には、ブルジョワ階級が建てたプチ宮殿のような瀟洒な古い建物が残るシュピッテルベルク地区が広がり、今は、若きクリエイターたちが好んで住む洒落たエリアがある。流行を牽引するスタイリッシュな店、ギャラリー、アトリエ、デザイナーズ・ホテルなどが軒を連ね、こられはまさにウィーン流新旧の融合を知る絶好の手がかりになるだろう。
そんな街の魅力を知るためには、足で歩くのが一番。その際には、ぜひこの地で生まれたカフェ文化にも触れておきたい。この街のカフェの歴史は17世紀に始まったという。それだけにコーヒーの種類も数多いが、コーヒーを味わうだけが楽しみではない。その空間には貴重な歴史が染み込んでおり、存在自体がミュージアム・ピースといった感じ。カフェに流れる悠久の時間も、ウィーンの過去と今とを繋ぐタイムトンネルなのだ。フロイトも通ったというカフェ・ツェントラル、カフカら芸術家が集ったというカフェ・ハヴェルカ、皇妃エリザベートが好んだという宮廷御用達の老舗デメルなど、それぞれの店には特徴があり、その比類なき個性を愛する人々が世代を問わず集っては、おしゃべりしたり読書をしたりと、思いのままに過している。 そしてここにも、帝国の遺産が息づく。スイーツという宮廷文化の賜物だ。ハプスブルク家の人々の好みに応えようと、当時の菓子職人たちがさまざまなケーキを作り出したのが豊かな菓子文化の原点だという。マリー・アントワネットの愛したグーゲルフプフ。ダイエットに励んでいたエリザベートすら虜にしたというスミレの砂糖菓子。ザッハートルテにインペリアルトルテ…。デメル、ザッハー、ハイナー、ゲルストナーなど有名店をはしごして、カフェめぐり&スイーツ三昧と決め込む午後もまた格別だろう。
そんなウィーンの味を手みやげにと考えるならチョコレートは外せない。アート感覚溢れる引き出しや本型のボックスに入った伝統の小粒チョコが人気のアルトマン&キューネ。160年も続いた古いボタン屋を買い取り、かつての内装をそのまま生かしているショコラーデ・ケーニッヒはボタン型のチョコで有名だ。こんなところでもしっかり昔と今が共存しているあたりが何とも心憎い限りだ。

もちろん、豊かな食文化を誇るウィーンだけに、料理でも新旧の味を堪能したい。ウィーナー・シュニッツェルやスフレなど皇帝や皇族たちが舌鼓を打った伝統料理と最先端の味を伝えるヌーベルキュイジーヌがしのぎを削る。そのお供には、ウィーン郊外やドナウ川沿いで生産されるオーストリア・ワインが定番だ。そして、レストランもバラエティーに富む。例えば、皇帝専用の植物園を建造から97年後の1998年にレストランとして復活させた王宮庭園にあるパルメンハウスなどは、寒い冬でもガラス越しに陽光がきらめき、美しい王宮庭園を眺めながらカジュアルに食事を楽しめるウィーンでも人気のスポットだ。

あらゆるところで過去と現在が互いにリスペクトし合いながら、偉大な過去の遺産に甘んじることなく進化し続けているウィーン。ヨーロッパという多様性のある大陸のその中央で、自国の文化を頑なに守るだけではなく、他者をも上手く取り込むことで個性豊かに繁栄してきたオーストリアならではの知恵の象徴といった感じだ。

この国の人々が慈しんできた歴史と伝統。そこにはまぶしい煌きこそあれ、古臭さは一切無い。つまるところ、それを可能にしたオーストリア人の知性と成熟、洒脱な心意気に羨望し、我々は惹きつけられているのかもしれない。それこそまさに、トラディションとモダンが美しく出会う街ウィーンが、日本人にとっていつまでも夢の都であり続ける理由なのではないだろうか。


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