
ブエノスアイレスの街では「デモ」とつきあっていかなくてはいけない。しかも想像しているよりデモの規模が大きい。
「明日、9時にホテルにお迎えにあがります。そうそう、今日も大統領官邸の前で農場主達の大規模なデモがあるので近寄らないでくださいね」
(写真上)手がピースサイン(平和)というのがこれまたどこか皮肉めいている

現地在住の方と電話で明日の約束をした後に忠告された。エビータが眠る墓のある公園を散歩し、地下鉄でホテルの最寄り駅まで戻ると、いつものように目抜き通りの7月9日通りに出る。
あれだけ言われたのにデモのど真ん中に出てしまったようだ。スローガンが書かれた幕をみんなで持ち、太鼓のリズムに合わせ叫びながら飛び跳ねている。確かに、この中にいるのは危険だと言われるのはよくわかる。過激なフーリガン達の中に紛れ込んだような感じで、ひとつ間違えば喧嘩になり、巻き込まれて怪我をすることも想像に難くない。
一眼レフのカメラを胸からぶら下げた僕はジャーナリストのふりをして何気にこの場から立ち去ろうと思った。しかし、近くでデモに参加していたグループの一人に「ゴクウ!」と呼ばれた。みんなの目が僕に向く。ペルーでゲイの美容師に創られた金髪の東洋人は目立つのである。しかも「ドラゴンボール」は南米でも大人気である。というかゴクウは黒髪なんだけど…。
(写真左)子供も参加している。彼女は、このデモの意味をどのくらい理解しているの
だろう
インドの市場が喧騒に圧倒されたとすれば、こちらは黒一色という肌の色に圧倒されたのである。黄色人種の中で育ち、白人の多い街しか旅をしてこなかった僕からすれば、一つ間違えば、恐怖に変わったかもしれない。
ここまでしてもらって帰るわけにもいかない。「ゴクウ」と呼ばれた僕は彼らと一緒に歩きながら写真を撮り続けた。太鼓のリズムを聞きながら、シャッターを押しているうちにトリップしていくような心地いい気持ちになっていく。後から聞くとデモに参加している人達はお金をもらって雇われて来ている人も多いそうだ。だからかもしれないが、どこか危機感が薄いデモだった。せっかくこんな広い道を封鎖して歩くんだから楽しまなくっちゃ! といった雰囲気が伝わってくるのである。まるでストレスや持病とうまくつきあいながら楽しく生きる人のように。
(写真右)ジャーナリストと間違えられた僕は、アングルのいい場所へ
案内された

イシコ
1968年生まれ。ホワイトマン代表
岐阜県出身。静岡大学理学部数学科卒業後、女性ファッション誌編集長、Webマガジン編集長を経て、現在は(有)ホワイトマンプロジェクト代表。 ホ ワイトマンとは国内国外問わず、イシコの友達が白塗りをして、ショー、映像、本、プロダクトなどを5年間限定で産み出して、遊ぶプロジェクト。散歩の達人の連載コラムなどコラムニストやブロガーとしても注目されている。
イシコのセカイサンポ ホワイトマン公式Webサイト









