12月にはノーベル平和賞の受賞授与式がノルウェーで、それ以外のノーベル賞はスウェーデンで授与されます。いまでこそ世界中で多くの人々に認知されているノーベル賞。ノーベル賞がここまで世界に認知されるようになった背景とは?
設立者であるアルフレッド・ノーベルはスウェーデン生まれの化学者であり、実業家でした。「ダイナマイト」を発明した人とも知られています。生前、莫大な財産を築き上げたものの、1896年に死亡すると、遺言書に財産のほとんどを賞の設立のために遺すと記載。そのため相続権のある遺族は賞の設立に反対し、また受賞者を選考するように指名されていた機関も「選考基準などがはっきりしない」などの理由で、賞の設立に賛同しませんでした。ただ、同君連合下にありスウェーデンからの独立機運の高まっていたノルウェーの国会だけは、託されたノーベル平和賞の設立に賛同しました。
当初のスウェーデンの社会的風潮も向かい風のようでした。遺書の中に「受賞候補者はスカンジナビア人であろうとなかろうと、その人の国民性をみるのではなく、最もふさわしい人に賞が授与されることを強く望む」とありました。スウェーデンでは当時、国益の前に国際社会に貢献するのは非国民だ、という風潮があったらしく一般市民の賞設立に対する反発も大きかったようです。
ところが相続執行人の努力の甲斐もあって遺族の相続問題が解消されました。また公益目的の遺書であるということからスウェーデン裁判所が遺書の有効性を確認すると、指名された研究機関は次々と賞の設立を承諾。ようやくスウェーデンにノーベル財団が設立され、アルフレッド・ノーベルの死後5年後の1901年にようやく最初のノーベル賞受賞授与式が行われています。
設立から100年以上たち、ノーベル賞にはさまざまな国の人々が選考されるようになっています。ただし、批判がつきまとわないわけでもありません。
1968年年に新たに設置されたノーベル経済学賞はその存在自体が疑問視され、1997年には文学賞の選考機関であるスウェーデン・アカデミーが廃止を要請した経緯もあります。「破綻したアメリカのヘッジファンドLTCMの創設にかかわったマイロン・ショールズ、ロバート・マートンがノーベル賞の受賞者であったこと」(三菱総合研究所・高橋 茂)などが理由としてあげられています。
また平和賞も政治的な見解の相違から批判が多く、1974年に佐藤栄作が非核三原則などを提唱し太平洋地域の平和に貢献したとしてノーベル平和賞を受賞したときには、国内でも疑問の声があがりました。近年では1994年にPLOの故アラファト議長とイスラエルのペレス元外相、故ラビン首相の三者が受賞していますが、いまだに中東におけるイスラエル・パレスチナ間の紛争は耐えません。平和に最も貢献した人を選ぶ難しさ、というのが現れています。
こういった批判の側ら、ここまで世界に認知されるようになったのは、アルフレッド・ノーベルが望んだ公平性、普遍性を反映した賞であり、賛同する人も多いからでしょう。ノーベルは遺書に「全人類に最も貢献したひとに」この賞を与えることを望んでいます。各分野において人類の科学的進歩と平和に貢献した人が今後も続くのかがこれからのノーベル賞の評価に直結することになります。